エアロスペースが切り拓いた派生機/特殊機の可能性

機械式クロノグラフの分野で大きな成功を収めたブライトリング。しかし同社は以降も、デジアナ仕様の多機能時計というジャンルを深掘りし続けた。緊急救難信号を発信する「エマージェンシー」や、ツープッシャー付きクロノグラフに進化した「B1」など……。さらに新しく加わったのが、多機能をスマートフォンで管理/設定するという特殊時計「エクゾスペース B55」だ。

エマージェンシー[Ref.E56121]
世界で唯一、国際航空救難信号を発信できるシリーズ。ダッソー・エレクトロニクス社と共同開発した超小型発信器を内蔵する。11時位置の補助アンテナと6時位置のアンテナから最大48時間発信を行える。クォーツ(Cal.76)。7石。Ti(直径43mm)。100m防水。参考商品。

 エアロスペースが搭載するETA988(現E10)系。企画を推し進めたアーネスト・シュナイダーは、このデジアナムーブメントを、現代の〝スマートウォッチのようなもの〟にしたかったと聞く。多機能、多彩な表示、そして優れた操作性。それを示すのが特許資料だ。

 ETA988(正しくはアナログ表示とデジタル表示を持つ時計)の開発に伴い、ETAはいくつかの特許を得た。ひとつはアメリカ特許4413915。スイスでは最新だったTN液晶を使った、デジアナウォッチに関する特許である。〝複数の機能を表示〟と記してあるが、このムーブメントで〝何ができるか〟までは書かれていない。アイデア段階では、どんな機能を載せるかは決まっていなかったのだろう。結局ETA988.332は、クロノグラフ、アラーム、カウントダウンタイマー、マルチタイムゾーンといった、実用的だが一般的な機能を載せるに留まった。製品化には正しい決断だが、自動巻きムーブメントを交流発電機に見立てるほどアイデアに富んだ電子工学者は果たしてこれに満足しただろうか。

エマージェンシーⅡ[Ref.E76325]
2013年にエマージェンシーは第2世代に進化を遂げた。既存の121.5Hzに加え、国際的な捜索救助システムの衛星が受診する406Hzの周波数が発信可能。また、-20℃から+50℃までの温度下で、18時間発信が可能だ。直径51mm。日本未発売。

 かつてシュナイダーが追い求めた、独創的なクォーツウォッチ。いかにも彼らしい時計のひとつが、エアロスペースをベースにした「エマージェンシー」であった。その特徴は、世界で初めて国際航空救難信号の発信器を時計に内蔵したこと。シュナイダーはエマージェンシーの開発コンセプトを86年に発表。しかし性能チェックや各国での許認可を得るのに時間がかかり、実際のリリースは95年にずれこんだ。

 先述の山田龍雄氏が、エマージェンシー開発の経緯をアーネスト・シュナイダーにインタビューしている。

「ヨットレーサーであるエリック・タバリーがエマージェンシーを開発するようにアドバイスをしたことで、ついに決心がついたのです。緊急時に人命を救うことができるサバイバルツールを絶対に開発する必要があるとね」(「インフォ・ブライトリング」2006年1月号)。シュナイダーは小型発信器を購入し、スイスの山奥でテストを繰り返した。彼はその結果を持って、フランスの航空機メーカーであるダッソーと交渉。腕時計に収まる超小型発信器の共同開発契約を結んだ。

コックピット B50[Ref.EB5010]
パイロットユースを念頭に置いた多機能クロノグラフ。エアロスペースの機能に加えて、離陸・着陸時刻、日付を記憶させるクロノフライト機能などを追加した。バッテリーは充電式。クォーツ(Cal.B50)。Ti(直径46mm)。100m防水。82万円。

ムーブメントの上に液晶を重ねるCal.B50/B55。設計はまったく別物だが、基本的な構成はETA988と変わっていない。完全なオーバーホールまで想定して設計されたデジアナ/スマートウォッチという点は、いかにもブライトリングらしい。内蔵する電池は、3.7Vと非常に強力なものだ。

 幸いにも、エアロスペースが搭載するETA988(ブライトリング キャリバー56)は、液晶を含めた厚さが3.7㎜しかなかった。そのためモジュールを載せるスペースは容易に捻出できたのである。1995年から2013年までに販売された「エマージェンシー」は約4万本。遭難信号の周波数変更に伴い、12年には周波数を変更した「エマージェンシーⅡ」がリリースされた。これをエアロスペースの派生形と見なすかはさておき、少なくともシュナイダーが求めた、独創的な多機能時計のひとつとはいえるだろう。

 興味深いことに、機械式クロノグラフで大きな成功を収めた後も、ブライトリングは〝中興の祖〟が愛した多機能デジアナを見放さなかった。ETA988.332が生産中止になると、ブライトリングはETAに対して、交換用の988.333の製造を要請。そのためすべてのエアロスペースは、ハイテクなデジアナクォーツにもかかわらず、完全に修復が可能である。

 そんな同社にとって、性能の高い後継機の開発は当然だっただろう。同社が開発パートナーに選んだのはスイスのソプロード。ETA2892A2の代替機を製造する同社は、高級なクォーツを設計・製造できる能力も持つ。そして幸いにも、エアロスペースの発表時と比べて、ICと電池の性能は格段に向上していた。つまり、より機能を増やせるだろう。

 14年に発表された「コックピットB50」は、果たしてブライトリング史上最も機能の多いクロノグラフとなった。これは一般的には「B1」の後継機と見られているが、機能から見ると、明らかにエアロスペースの流れを汲んだものである。もっとも、そのファンクションの多くはパイロットユースを意識したものであり、汎用性は必ずしも高くない。機能はかなり多いため、操作はリュウズとプッシュボタンの併用。エアロスペースの優れた使い勝手はやや損なわれたものの、まだ説明書なしで操作可能だ。

エクゾスペース B55[Ref.VB5510]
B50をベースにした最新進化バージョン。スマートフォンからクロノグラフ機能の設定などができる他、フライトログなどの計測データをスマートフォンに転送・管理できる。またコネクテッドウォッチとしては珍しく、完全なメンテナンスが可能だ。クォーツ(Cal.B55)。Ti(直径46mm)。100m防水。120万円。

 この時計をベースにした最新鋭機が、「エクゾスペース B55」である。共同開発のパートナーはやはりソプロード。事実、同社はB55の基本設計を「外部の情報でコントロールされる多機能携帯デバイス」として特許を取得している。時計で電話やメールの着信を確認できるのは、他のスマートウォッチに同じ。しかし特許名が示すように、時計の機能をスマートウォッチで設定し、それを時計に転送する点が、他のスマートウォッチと大きく異なる。機能が増えると小さな時計での操作や設定は難しくなる。設定をスマートフォンに委ねることで、B55は多機能とユーザビリティを高度に両立させたわけだ。現時点での機能はやはり、B50に同じくパイロット向け。しかしソプロードの特許資料を読むと「スコアキーピング、祈りの時間、宗教カレンダー、天文表示」など、あらゆる機能を実現する可能性が記されている。

 ブライトリング再建に成功したアーネスト・シュナイダーは、電子工学の専門家であり、スイス軍の無線教官であり、極めつきのアイデアマンだった。そんな彼が現在もブライトリングの第一線にいたならば、間違いなくこの次世代の電子時計に熱狂しただろう。シュナイダーが30年前に夢見た多機能デジアナウォッチ。それは電波の力を借りて、いよいよ完成しようとしている。



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