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マニュファクチュール化を経て深化を重ねる最新タンブール事情
2002年に生産部門の「アトリエ オルロジュリー ルイ・ヴィトン」を創設したルイ・ヴィトン。しかし内製化をいっそう推し進めるため、同社はラ ファブリク デュ タンを買収し、かつての生産部門と文字盤工房のレマン・カドランをそこに統合した。その帰結が最新作の「タンブール ムーン」である。
2010年、ルイ・ヴィトン時計部門の責任者となったハムディ・シャティは「時計業界で重要な位置を占めるために、私たちは競争力を高めねばならない」と語った。長年時計業界に従事し、マイクロエンジニアリングと時計学(複雑時計部門)の修士号を持つ彼は、そのためには、まず質を上げることが重要だと理解していた。鍵となったのが、ジュネーブにあるラ ファブリク デュ タン(現ラ ファブリク デュ タン ルイ・ヴィトン/LFTLV)の買収だった。
同社は、旧BNBコンセプトのミッシェル・ナバスとエンリコ・バルバシーニが創業した、複雑時計専門の工房である。2000年以降、コンプリケーションに特化した工房が多く設立されたが、同社のスタンスは他と大きく異なっていた。他社はできるだけパーツを内製するが、ラ ファブリク デュ タンはそのほとんどを外注したのである。「今の時計メーカーは自分たちでパーツを作りたがる。しかし製造を専門家に任せたほうが質は良くなる」(ナバス)というポリシーがあるからだ。部品の外注を可能にしたのが、ナバスとバルバシーニの長いキャリアである。1980年代初期から複雑時計の設計・製造に携わってきた彼らは、スイスの主立った部品メーカーと強いコネクションを持っている。そのためスイスでも最良の部品を手に入れることができた。
創業以来同社が行ってきたのは、時計の設計とケーシング、複雑時計の組み立てと文字盤の自製のみ。しかしできることのみに特化した同社の技術力は、スイスでも屈指だった。事実、かつての顧客リストにはルイ・ヴィトンを筆頭に、ジラール・ペルゴ、ローラン フェリエといった一流メーカーが名を連ねていたのである。ルイ・ヴィトンが同社を買収したというニュースを聞いて、悔しがるメーカーは少なくなかったと聞く。
1962年スペイン生まれ。ブザンソンで時計技術を習得後、ジェラルド・ジェンタ、オーデマ ピゲ、パテック フィリップなどを経て2004年にBNBコンセプトを創業。2007年にバルバシーニとラ ファブリク デュ タンを設立し、11年よりルイ・ヴィトンに移籍。
1958年スイス生まれ。79年、創業間もないジェラルド・ジェンタに入社。複雑時計の設計・製造を行う。後にパテック フィリップなどを経て、BNBコンセプトの創設に携わる。2007年にラ ファブリク デュ タンを設立。11年よりルイ・ヴィトンに移籍。
2017年に発表された「タンブール ムーン」は、同社の技術力が可能にした新作である。最大の違いはケース。内側が大きくえぐられた、薄いケースが与えられたのである。「私たちはタンブールで成功を収めてきた。しかし薄くて文字盤が大きな時計も作りたくなった」(シャティ)。ただし、単に薄くするだけでは、タンブールの個性であるグラマラスなケースは成り立たない。そこでデザイナーたちは、ケースの側面を太らせるのではなく凹ませることにした。シャティ曰く「かつてのケースとはまったく別物だが、1m離れると錯覚により、同じように見える」。もっとも、デザインを設計に落とし込むLFTLVにとっては、タンブール ムーンのケース設計は決して容易なものではなかった。
タンブール ムーンのケースを持つトゥールビヨン。9時位置には任意のイニシャルを与えることが可能。手巻き(Cal.LV97)。17石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。Pt(直径42.5mm)。50m防水。2620万円(参考価格)。
普通、時計のケースは、風防を支えるベゼル、ミドルケース、バックケースの3つに分かれている。対してタンブールのケースは、ミドルケースとバックケースしかない。ベゼルレスのため、サファイアクリスタル製の風防はケースに直付けだ。風防の面積が小さいと問題は起こりにくいが、拡大すると水平に固定することが難しくなる。またショックを受けると、風防が歪む可能性も高くなる。そこでLFTLVの設計者たちは、太いリングをケースの内側に噛ませて、その上面でも風防を支えるように改めた。リングがずれたら風防は歪むが、ケースとリングの間に特殊な接着剤を塗って強固に固定したとのこと。シンプルに見えるタンブール ムーンのケースだが、その構造は極めて複雑なのである。ちなみにケースの設計は、ほとんどの場合ケースメーカーが行う。しかしルイ・ヴィトンでは、LFTLVが担当する。ムーブメントだけを設計する会社も、ケースだけを設計する会社も少なくないが、LFTLVのようにふたつを、しかも高いレベルで行える工房は、スイスにも数えるほどしかないのである。
工房の2階には、時計師のフロアがある。2002年以降、レギュラーモデルの組み立てはラ・ショー・ド・フォンの工房が担当してきたが、14年にはジュネーブのLFTLVに移された。同社の組み立てプロセスは実に入念だ。レギュラーモデルのムーブメントは外部からの納入を経て、LFTLVでケースに収められる。普通は、針やレザーストラップの取り付けなど、すべての作業は分業化されているが、ここではひとりの人間が、ひとつの時計のケーシングを始めから終わりまで担当する。シンプルなクォーツモデルでさえ、例外ではないのである。複雑時計の組み立ては一層徹底しており、ムーブメント部品の磨きから組み立て、そしてケーシングまで、ひとりの時計師が担当する。訪問時は、3人の時計師たちが複雑なジュネーブシール取得モデルとリピーターを組み立てていた。リピーターの組み立てを担当する時計師曰く、組み立てだけで2カ月かかるとのこと。彼はムーブメントを固定するねじを見せてくれた。普通は表側しか磨かないが、LFTLVでは、見えないネジの裏側まで完全に磨き上げる。「私がすべての作業を行うので、手を抜くわけにはいかないでしょう。部品はきれいに磨かないといけません」。
別の時計師は、リュウズの巻き真をカットしていた。ペンチで巻き真を切り、ヤスリがけを施し、現物合わせで長さを揃えていく。昔の工房では当たり前に見られた作業だが、まさか2007年創業の現LFTLVでも見られるとは思ってもみなかった。
分業した方が生産性は上がるだろうが、LFTLVはひとりの人間が組み立てることにこだわる。「私たちのやり方は、あくまで職人的です。というのも、時計を最終的に作るのは機械ではなく人だからです。だから人が動けるような小さな組織を維持したいのです。そして幸いなことにルイ・ヴィトンはそういうやり方を許容してくれています」(ナバス)。
とはいえLFTLVを、昔風の小さな複雑時計工房と考えるのは早計だ。ナバスとバルバシーニのチームは、驚くほど斬新なアイデアを持ち、それらを製品に投入することにも喜びを見出している。ナバスが見せてくれたのは、「タンブール ムーン トゥールビヨン ジュネーブシール」のバックケース。一見透明だが、角度を変えると鏡面に変わるマジックミラーだ。「ムーブメントを見せるためスケルトンにしたが、体毛が透けるのは美しくないと日本の顧客から指摘を受けた。そこで色の変わるマジックミラーを採用した」とのこと。時計に採用したのは、おそらく初だ。
そしてもうひとつのアイデアが、簡単に交換できるストラップだ(17年7月から展開予定)。他社にも採用例はあるが、ルイ・ヴィトンのそれは実にユニークで使い勝手にも優れるうえ、すでに特許も取得している。ストラップの末端には、樹脂と金属の混合材でできたプレートが固定されている。プレートの裏の爪を下げてケースのバネ棒に押し込むと、カチリと音を立てて、ストラップは固定される。簡単に外れそうだが、LFTLVは十分な配慮を施した。ナバス曰く、ストラップの耐久性を確認するため、独立系の研究所であるクロノフィアブルに持ち込んだとのこと。それぞれ2万回の引っ張りテストとねじりテストに耐えたというから、日常生活で不具合を起こすことはないだろう。
「以前からアイデアは持っていたが、開発には2年かかった。10秒で簡単に交換できて、しかも丈夫なストラップを作るのは大変な作業だった。しかしライフスタイルに応じて時計を楽しめるようなアイデアを盛り込めて嬉しいね」(バルバシーニ)
一方のナバスはこう語っている。「ルイ・ヴィトンの強みとは、時計の製作に時間をかけられること。本当の高級時計を作るには、時間を費やさなければならない。今の時代にはそぐわないかもしれないが、ゆっくりやることが何より大切なのだ」。
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