BASIC MOVEMENT OF GLASHÜTTE ORIGINAL
次世代主力機 Cal.36へと至る自動巻き基幹ムーブメントの変遷
2016年に発表されたキャリバー36は、驚くべきパフォーマンスを持つ自動巻きだ。約100時間という長いパワーリザーブや、優れた等時性、そして高い耐衝撃性などは同価格帯で随一だろう。グラスヒュッテ・オリジナルはどういった変遷を経て、このムーブメントを完成させたのか。
1997年初出。今なお、多くのモデルが採用するムーブメントである。今の基準からするとさすがにパワーリザーブは短いが、ローターや針合わせの感触などは良好である。個人的には、グラスヒュッテ・オリジナルで最も好きな機械である。自動巻き(直径26mm、厚さ4.3mm)。25石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。
長らくグラスヒュッテ・オリジナルのベースムーブメントであったのが、自動巻きのキャリバー39である。初出は1997年。しかしこのムーブメントの成り立ちを語るには、改めてベースとなった79年の「スペシクロン」にさかのぼる必要があるだろう。
GUBに最盛期をもたらした「スペシマティック」も、70年代に入るとさすがに見劣りするようになった。直径28㎜、厚さ5.55㎜というサイズはまだしも、1万8000振動/時という低い振動数と、日差-30秒〜+60秒以内という性能は、他社の自動巻きに比べると明らかに見劣りしたのである。対してGUBの技術陣は、振動数を大幅に高めることで、携帯精度を改善しようと試みた。
その帰結が、78年にリリースされたキャリバー11系だった。振動数を2万8800振動/時まで高めたGUB初の高振動機は、-15〜+25秒以内という極めて優れた日差を誇った。しかし経営状況の悪化とクォーツへの注力により、85年になると、GUBは機械式時計の生産を休止してしまう。同社は88年に、機械式時計の再生産を検討したが、ノウハウは完全に失われていた。そこで延べ4万時間、計250万ドイツマルクを費やして、11系の改良版である10-30を完成させた。そのリリースは民営化後の93年である。
2005年初出。ダブルバレルとゼロリセットを備えた新世代機である。また姿勢差誤差も極めて小さい。ただし野心的な設計のため、製造コストは高く付いた。なお以下のスペックは、パノラマデイトを持つCal.100-3搭載機のものである。自動巻き(直径31.15mm、厚さ5.8mm)。51石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約55時間。
97年に発表されたキャリバー39とは、事実上、このムーブメントの改良版であった。性能は従来に同じだが、仕上げと巻き上げ効率は改善され、リュウズや針合わせの感触も高級機にふさわしいものに改められた。加えてこの時代になると、多くの機能部品が、再びグラスヒュッテで製造されるようになったのである。しかし各社が自社製ムーブメントの開発に乗り出すと、基本設計を70年代にさかのぼるキャリバー39はいささか見劣りするようになった。筆者はこのムーブメントの優れた精度と、ドイツ製らしい緻密な手触りを好むが、40時間というパワーリザーブと、片方向巻き上げは、リリースの時点でさえ新しいとは言えなかった。
これらを刷新したのが、2005年発表のキャリバー100だった。設計者のシルコ・ゴールドマンは「ダブルバレルであること、センターセコンドであること、そして6時位置にテンプがあること」という要件を満たすべく設計に取り組んだ。果たせるかなこのムーブメントは、55時間という長いパワーリザーブに加えて、極めて小さな姿勢差誤差と、独創的な秒針のゼロリセット機構を持つに至ったのである。創業以来、ムーブメントの性能で常に他社の後塵を拝してきたGUBとグラスヒュッテ・オリジナル。しかしキャリバー100で、ようやく世界水準を上回ることができたわけだ。
基幹キャリバーの基準を一新するムーブメント。耐磁性と耐衝撃性に優れるシリコン製ヒゲゼンマイを採用するほか、緩急針のないフリースプラングテンプを持つ。また巻き上げ効率を改善した結果、ローターの回転1900回で、ゼンマイは完全に巻き上がる。なお以下のスペックは、標準的なCal.36-01のもの。自動巻き(直径32.3mm、厚さ4.45mm)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約100時間。
もっともこのムーブメントには、グラスヒュッテ・オリジナルの迷いが見て取れる。例えばチラネジ付きのテンワ。2万8800振動/時という高い振動数を考えれば、スムーステンプにしてテンワの慣性を高めた方が良かっただろう。また凝ったゼロリセット機構や、キャリバー95から転用した精密なリバーサー(切り替え伝え車)は、ムーブメントの生産コストを押し上げた。グラスヒュッテ・オリジナルが高級化を志向した2000年代、高性能で高価格なキャリバー100の在り方は歓迎された。しかし堅実な方向に舵を切り直した同社は、やがてこの卓越した自動巻きをもてあますようになったのである。結果、フェイドアウトするはずだったキャリバー39が、再び引っ張り出されることとなった。
グラスヒュッテ・オリジナルにとって「三度目の正直」となるのが、16年初出のキャリバー36である。その設計はキャリバー39以上に保守的だが、理論上のパフォーマンスは圧倒的だった。それを可能にしたのがスウォッチ グループから転用された技術である。約100時間という長いパワーリザーブの理由は、香箱芯を細くして、可能な限り多くのゼンマイを詰め込んだため。関係者は明かさないが、これはブレゲに由来するものだろう。併せて主ゼンマイの素材も、ニヴァフレックスから耐久性の高いエリンフレックスに変更された。またヒゲゼンマイにはシリコンが採用され、テンプは緩急針を持たないフリースプラングに改められた。オメガとの共通性を感じるのは、筆者だけではないはずだ。ローター芯へのセラミックス製ボールベアリングの採用も、やはりスウォッチ グループ内の高級機に共通するものである。
正直、キャリバー36の見栄えは、39や100ほど良くはない。またセラミックス製ボールベアリングに起因するローター音も、この時計の格を考えればやや大きいように思える。しかしキャリバー36の基礎体力、とりわけ理論上の等時性は、同価格帯の量産自動巻きの中で、頭ひとつ抜きん出ている。だからこそグラスヒュッテ・オリジナルは、高精度機の格を定めた称号である「Q」を、自社検定の基準として復活させたわけだ。現在多くのメーカーが似たような自社検定を行っているが、24日間にわたり、6姿勢と複数の温度で検査するメーカーは、この価格帯ではグラスヒュッテ・オリジナルだけではないか。
長らく、基幹キャリバーに苦しんできたGUBとグラスヒュッテ・オリジナル。キャリバー67、75、そして11と、いずれも興味深い設計を持っていたが、スイスの最新鋭機に比べると、性能は突出していたとは言えない。しかしグラスヒュッテ・オリジナルは、今やこの価格帯で最も優れた基幹ムーブメントを持つに至ったのである。正直、これほどの自動巻きムーブメントを後年のグラスヒュッテ・オリジナルが作るとは、GUB時代に誰が想像しただろうか?
SENATOR EXCELLENCE
シリコン製の心臓部を持つ新ムーブメント搭載機
100万円前後の価格帯で、最も卓越した実用機のひとつ。購入者はQRコードを使って、自身の時計の測定結果を確認できる。内外装の仕上げも優秀である。自動巻き(Cal.36-01)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約100時間。SS(直径40mm)。5気圧防水。105万円。
2016年に登場した「セネタ・エクセレンス」は、GUBとグラスヒュッテ・オリジナルの歴史を変えるモデルと言える。当時のCEOヤン・ガマーは、プロトタイプを見て〝エクセレンス〟と評し、彼の言葉がそのままモデル名となった。
搭載するキャリバー36は、同価格帯の自動巻きで最もパフォーマンスに優れたものである。精度検定は自社基準だが、6姿勢での検定に、24時間後、48時間後、そして72時間後の精度を測るものは他にないだろう。加えてグラスヒュッテ・オリジナルは、この量産機に凝った外装を与えた。一例が、バヨネット式のムーブメント固定方法だ。基本的に、時計のムーブメントは機留めを介してケースに固定される。しかしショックを与えると機留めが外れる場合がある。対してグラスヒュッテ・オリジナルは、ムーブメントの固定に、カメラのレンズ固定に使われるバヨネットを採用した。ムーブメントを押し込み、回すと爪に引っかかってムーブメントは動かなくなる。部品を減らせるうえ、ショックにも強い優れたメカニズムである。
文字盤も全く新しい。印字が極めて明瞭なのは、レーザーで彫った箇所に墨入れをしているため。一見地味だが、極めてコストのかかった作りだ。グラスヒュッテ・オリジナルは、高級機「セネタ・クロノメーター」の文字盤仕上げを、(表面を荒らすグレネー処理は簡略化されたが)ほぼそのまま量産モデルに転用したのである。
各社が力を入れる100万円前後の実用機。どれも魅力的だが、本作は最も優れたもののひとつだろう。ムーブメント良し、外装良し、精度良し。愛好家だけでなく、優れた時計を探している人には、おあつらえ向きの1本である。