GMT機構 第4回「ワールドタイム Part.1」

2017.05.12

パテック フィリップ「Ref.1415 HU」
1939年発表のワールドタイム「Ref.1450 HU」では、巧妙な回転ベゼルを導入。合計41もの都市と地域名が手彫りされた回転ベゼルを操作して、時計が動いている状態で都市のタイムゾーン変更が容易に行えるようになった。写真のプラチナをはじめ、ゴールド製の各種モデルも、オークションで驚異的な落札価格記録を樹立した。手巻き(Cal.12'''HU)。パテック フィリップ・ミュージアム蔵。

パテック フィリップ「Ref.2523-1 HU」
1950年代に盛んに作られた同社のワールドタイムの代表は、1953年から登場する「Ref.2523 HU」。戦前の「Ref.1415 HU」の一部モデルにも採用されていたダイアル中央のクロワゾネ・エナメルによる地図や、合計41の都市と地域名を記したインナーベゼル、これを回して調整するケース左のリュウズなどの際立った特徴があった。手巻き(Cal.12'''400HU)。パテック フィリップ・ミュージアム蔵。


 ワールドタイムでは、GMTウォッチのようなローカルタイムとホームタイムを区別する必要はないともいえる。12時間で1周するセンター針の表示を12時間時計、24時間表示リングの時刻表示を24時間時計とすると、12時間時計が世界24タイムゾーンの一つに属す都市の時刻を表示する一方で、世界の都市を順に巡る24時間時計のほうでも同時に同じ表示を行っているので、ある都市の時刻は、常にローカルとホームの二通りの仕方で示されている。したがって、ローカルタイムとホームタイム、第1時間帯と第2時間帯といったタイムゾーンは相対化され、どちらを主として参照するかはユーザーの使い方次第である。

 ワールドタイムではまた、ベゼルなどに記された世界の主要都市の名が時差ごとに並んでいて、それ自体がタイムゾーンマップになっているから、旅行者が旅先で時刻修正を行う際に、通常のGMTウォッチのように都市と都市との時差をいちいち調べて計算する必要はなく、時差を考えずに直感的に使えるという便利さもある。

 さて、冒頭で述べたように、パテック フィリップがルイ・コティエ方式のワールドタイム機構を搭載する初めての腕時計「515 HU」を発表したのは1937年だが、ワールドタイム機構には使いやすさを考えてさまざまな改良が施されてきた。その流れを簡単に追ってみる。

「515 HU」は、センターの12時間表示、これと連動する24時間表示回転リング、世界24タイムゾーンの主要都市名というワールドタイムの基本3要素で成り立っているが、都市名が固定ダイアルに直接刻まれているのが特徴だ。これだと、都市を移動してタイムゾーンが変わった際に、センターの12時間時計を“現在地”の時刻表示に素早く変更するには難がある。針を回して都市の時刻に合わせるにの手間がかかのだ。

 しかし、1938年の「542 HU」や翌39年の「1415 HU」モデルでは、すでにこの点が改良されている。都市名は手動式の回転ベゼルに刻まれており、これを回せば12時間および24時間時計に対応する都市の変更が可能になるわけだ。通常の使い方としては、たとえばロンドンに着いたなら、まずリュウズを回して現地の時刻に合わせ、ベゼルを回して都市名が12時位置にくるようにすればよい。また、回転ベゼルの操作による都市変更で、現在時刻を表示しているロンドンが、いとも簡単にニューヨークにも東京にもなりうる。さらに戦後になって、1953年の「2523 HU」では、この都市名ベゼルをケース内のインナーベゼルに移行し、ケース左のリュウズで調整する仕組みに変わった。

パテック フィリップ「ワールドタイム Ref.5110」
2000年発表の「ワールドタイム Ref.5110」では、ケース左にプッシュボタンを設け、移動した旅先でこれを押すだけで、ワールドタイム表示の調整がきわめて簡単に行えるようになった。例えば、東京からパリに移動したら、12時位置にPARISの名がくるまでボタンを押すだけでよい。写真は発表当時のモデル(2006年生産終了)。自動巻き(Cal.240 HU)を搭載するその後継モデルや各種バリエーションは現在も人気が高い。

 次なる非常に重要な改良は、2000年発表の「ワールドタイム Ref.5110」で成し遂げられた。ケース左のプッシュボタンを押すだけで、センターの12時間時計の変更(時針の単独移動)、24時間表示回転リングと都市名リングの移動が、すべてが連動して行えるようになった。変更操作は、ボタンを必要な回数だけ押して、現在自分がいる都市を12時位置にもってくるだけで済み、しかもこの操作は時計が動いている状態で行うことができ、精度にも影響を与えない。こうした改良により、ワールドタイムはますます使いやすい実用複雑時計になった。