【81点】ジン/U2.S

2015.10.03

内蔵されているのはETA2893-2。ねじ込み式の裏蓋が酷使から守り、なに食わぬ顔で刻音を響かせる。

岩に囲まれた暗闇

 準備は整い、いざ暗闇の中へ。最初の狭い箇所はすぐに迫り、すでに腕まで水に浸かった状態で進む。ヘルメットが天井にゴツゴツ当たらないよう、頭を傾けつつ歩いて行く。カーブを数回曲がると、外界の明るさは完全に途絶えてしまった。所々、胸の高さまで水が迫るような場所を照らすべく、首を振ってヘルメットのランプの光を動かす。なにしろ大きな岩の塊がいくつか突き出ていて、つまずいたり滑ったりしかねない。水の中でも数多くの撮影のために立ち止まらなくてはならず、水はネオプレンの生地を通して冷たくしみ込み、不快な寒さを呈する。撮影機材である重たい三脚や照明道具、かさばる水中カメラは、カメラマンの代わりに我々が担がされていた。そんな状況ながら、探索中のムードは良く、全員気分は上々、一歩一歩進んで行くことに集中する。それでも時々、足を滑らせたり、狭い箇所で引っ掛かったりしていた。
 U2・Sは、しょっちゅう岩に接触して、時にはかなり強めに当たったりもした。洞窟内でも視認性は極めて良い。ヘルメットのランプのおかげで、文字盤に目をやるとすぐに時間が分かり、大きな夜光ポイントまでは必要としなかった。黒地に白と赤で構成されたこのモデルは、洞窟探索用の赤いシュラーツにも完璧なまでに合う。ちなみにツールウォッチとして活躍するこの腕時計には、ブラックハードコーティングを施していない、ステンレススティールそのものの色合いのバージョンも用意されている。

 探索開始から3時間経過すると、ふたつの水窟が水路で連結したサイフォンに辿り着いた。ここは天井から水面までの縦の空間が50㎝ほどしかない。そしてふたつの窪みをつないでいる箇所は、完全に水没している。詳しく説明すると、ここは今まで通ってきた経路と水の流れが異なり、片側の窪みからもう片側へ水が噴出している状態なのだ。ここはもう、ダイビングスタイルで通るほかはない。
 なにはともあれ命綱をくくり付け、ザイルの片側は引き寄せることができるようにして、安全を確保する。水中マスクも着け、酸素ボンベを用意し、ノズルを口にくわえた。通り道となる箇所は狭いため、酸素ボンベは背負えず、脇に引き寄せて抱えざるをえない。ネオプレン製のスーツの着用により浮力がかなり増しているので、体は狭い空間の水面に浮かび上がり、細い連結水路の天井に押し付けられて、ヘルメットはガツンガツンと打ち付けられてしまう。その音を耳にするのは、あたかも断末魔のもがきに接しているようで、心地の悪いことこの上なかった。
ひとりが水路に潜ると、続いてもうひとりという具合に、次々とサイフォンに挑む。連結箇所はわずか数mに過ぎないのだが、未知の水中で体を動かして行くのは、とてつもなく自制心を要した。例えば、うっかり無自覚でサイフォンの深みに向かって分け入ろうものなら、万一の際の救助は非常に厳しくなってしまう。ともかくスタッフ全員が無事に最初のサイフォンを通過して、ガイドのウドと成功の握手を交わすことができた。

出口に至るまでの奮闘

 そろそろ洞窟内の大きな空間に至るには、そう遠くないはずだ。しかし腕時計を見ると、油断大敵と知らせてくる。写真撮影に多くの時間を割いていたため、地上を離れてすでに4時間近くが経過していたのだ。さらに奥へ進むとなると、この先にはサイフォンが22箇所も控えているのは分かっているが、それより先のことは未踏の地のため不明なのだ。故に探索はこれまでにして、再び外界の光を求めに戻ることにする。とりあえずはまたサイフォンを通過しなくてはならない。しかし、二度目は行きの時より難渋することはなかった。
戻る時は撮影に立ち止まることをせず、その結果、体を動かし続けていたために冷えずに済んだ。幸いなことに、U2・Sを伴った我々は、このモデルの対応温度の目一杯の範囲にさらされずにテストを遂行できた。ジンはこの腕時計を、摂氏マイナス45度からプラス80度の温度の間で稼働可能と保証している。これは特殊合成オイルの使用と相まって、仕上がりの許容誤差を詰めていることがものをいっているのだ。
 それにしても洞窟内では、岩壁を眼前に臨むと立ち尽くすことしきりだった。外界をひとたび離れて約5時間半後に、ありがたくも再び日の光を浴びて、ようやく肩の荷を下ろすことができたのだ。ちなみに探索を共にしたU2・Sは、厚い生地のオーバーオールの上からも違和感なく腕上に収まったが、普段の服装の時も、ケース径44㎜の大きさにもかかわらず快適に過ごせた。
狭い洞窟の中を引きずって歩いた三脚も、集合写真の記念撮影にもうひと仕事してもらう。そして万一の時の救助の依頼をお願いしていた人物に、無事に帰還した旨の連絡を取る。例のサイフォンからさらに奥の広い空間まで入らず、引き返したのは上出来だったと言えよう。着替えた後、村の宿屋に行き、共に食事を取り、今回の体験を反芻しつつ、1日の締めくくりを迎えた。

探索を終えて

 翌日となり、いよいよ腕時計の状態が白日にさらされる時が来た。この過酷そのもののテストに、いかにして耐え抜いたのだろうか。肉眼で見たところ、ケースには傷が見当たらない。これには驚かされた。探索中はどこかしらにぶつかってヒヤリとすることは何度もあったが、腕時計のことを全くもって気にかけずにいたのだ。
さらにすごいのはバックルだ。厚みのあるセーフティーロック付きのフォールディングバックルは、繰り返し岩にほぼ押し付けられたにもかかわらず、エッジはしゃっきりと保たれていて、表面もきめ細やかなままだ。しかし、ごく細かな小傷は見受けられる。傷はそう深くはないのだが、表面被膜の下の地金が認められた。どうやらブラックハードコーティングはごく薄めのようだ。とはいえ、目視で判別のつく傷は驚くに足らない。岩肌はかなりの強敵には違いないし、ハードコートも傷に強いのは事実だが、無論万能ではないのだ。それが分かってはいたつもりでも惜しいと感じてしまったのは、若干期待が大きすぎたのかもしれない。
 被膜がもっと厚く、テギメント加工がさらに強力なものならさらに望ましくはあるが、いずれにせよ、ハードコートを施していないバージョンよりどの程度傷が少なく済むかは、難しいところだろう。しかし、少なくともテストモデルのケースの堅牢さは、なんら低評価には至らない。交換用パーツとしてのバックルの価格は3万円と、なかなかの金額だが、傷が気になるようならあっさり替えてみるのもいいだろう。まあ、日常生活において、岩壁で奮闘することは、そうそうないはずだ。
こう見ていくと、U2・Sは良品と言える。もっとも、通常使いのうちに、ある現象が現れてきたのには注目せざるを得なかった。シリコン製のストラップが埃を呼び、やがてくすんだ感じになってしまったのだ。しかしこれは、水洗いできれいになった。
 ところで洞窟内と同じく、オフィスでもまさに重要なのは、やはり精度だ。テストウォッチを歩度測定機に掛けたところ、平均日差はプラス5・7秒。姿勢差はそれほど大き過ぎず、最大7秒だった。ETAのキャリバー2893‐2としては、まずまずの数値だろう。
ねじ込み式の裏蓋を開けると、端正なグリュシデュール製テンワが見える。ロジウムメッキされたブリッジや、ローターのほか、コート・ド・ジュネーブやペルラージュ、青いネジも目に映える。ETA2892にセカンドタイムゾーンを付加したバージョンは、10年ほど前から製造されているが、スタンダードムーブメントのため、フリースプラングなどの特別装備はこれといってない作りだ。