アッパークラスの価格帯
このモデルでノモスは、ほとんどパテック フィリップやA.ランゲ&ゾーネに迫るような高価格帯に攻勢を仕掛けている。240万円という金額はブランドとしての一種の声明だ。リュクスはそれに見合うだけのものではあるが、基幹モデルのタンジェントが打破し難いほど価格と出来栄えのバランスのよさをキープしていることを考えると、ブランドイメージをハイエンド一色に塗り変えたいというわけではなさそうだ。リュクスのような価格帯に挑むには、通常はイメージ戦略が大きな役割を持つが、それに関してノモスは一層の努力が必要だろう。ことに残念なのは、先に述べた同じムーブメントが搭載された初めての製品であるヴェンペの〝クロノメーターヴェルケ グラスヒュッテ〟のゴールドモデルが8450ユーロと、リュクスよりもかなり抑えられた価格設定になっていることだ。これには躊躇せざるを得ないだろう。逆説的に言えば、アッパークラスを声高にうたっていないノモスをあえて選ぶということは、確かな審美眼を持つ相当な時計通の選択だとも言える。なぜなら、ノモスならこのモデルのケースをホワイトゴールドではなくステンレススティールで仕立て上げたとしても、上質感が損なわれるようなことはないだろうと思えるからだ。
ノモスは自社の他モデルが持つバウハウスにインスパイアされたデザインスピリットをリュクスにも持たせている。トノー型のフォルムとライトブルーの文字盤の組み合わせは、既存のラインナップからはかけ離れた存在ではあるが、ケースやストラップ、尾錠のノモスらしさは変わらない。重箱の隅をつつくならば、キズ見を通すと磨きに不満足な部分もないではないが、自社開発のムーブメントにはグラスヒュッテの伝統手法が守られている。価格と質のバランスに、基幹モデルのような鮮烈さはないが、まずまず見合ったものにはなっている。バウハウスデザインとダイアルのライトブルーの縁取りが好みに合いさえすれば、よい買物と言えるのではないだろうか。
時計師からひと言
グラスヒュッテの伝統手法を駆使したこのムーブメントは、実に綺麗に仕上がっています。ディテールも、スワンネック型スプリングを留め付けているふたつのネジの間にひと筋のラインを入れるほどの凝りようです。しかしムーブメントの装飾技術は隙がないほど完璧な水準ではなく、それからするとこの価格は野心的でしょう。シンプルな文字盤と伝統的装飾を施したムーブメントの組み合わせは必ずしも一致するものではないと思います。ムーブメントも文字盤に合わせてバウハウススタイルにするか、あるいは文字盤をムーブメントに合わせてクラシックなデザインにするかして、統一感を持たせたほうが、よりしっくりくるのではないでしょうか。