SLSでも、セラミックスよりもメタルパーツが目立つ。オプション装備で提供されているゴールドブレーキキャリパー付きのカーボンセラミックブレーキは、インヂュニア AMGのセラミックス製ケースをデザインする際、間違いなくインスピレーションの源となったはずだが、今回試乗させてもらったSLSには装備されていなかった。AMGとの関連性はさておき、IWCにおいてセラミックスは伝統的に使われてきた素材である。1986年には、ダ・ヴィンチ・コレクションで世界に先駆けてケースにハイテク・セラミックスの酸化ジルコニウムを使用した。そして、1994年からはパイロットウォッチのラインでもセラミックスが採用されるようになった。
セラミックス製ケースのビッカース硬さは1350で、スティールの6倍も傷に強い。その一方、この素材はスティールを変形させるのに必要な力の10分の1ほどの力を加えるだけで砕けてしまうのだが、インヂュニアのケースはめったなことでは破損しない。IWCはケースをオランダのメーカー、フォーマテック・テクニカル・セラミックス社に委託し、極めて複雑な工法で作らせている。傷に強いケースの恩恵により、SLSの長いボンネットを開ける時など、誤って角にぶつけてしまっても問題はない。
エンジンについては、IWCもAMGも持てる能力を余すことなく発揮している。SLSには、AMGが自社で開発し、2006年に初めてメルセデス・ベンツE63 AMGに採用されたV型8気筒6・2リッターエンジンの改良版が搭載されている。このエンジンは、ひとつひとつがひとりのメカニックによって最初から最後まで組み立てられ、クォリティの証として銘板の上にメカニックのサインが記されている。IWCでも、2005年のインヂュニア・ラインの再生を機に完全自社開発のキャリバー80110が導入された。曲がりくねったローターブリッジが特徴的で、巻き上げ機構に対する衝撃を吸収する能力がより一層、強化されている。このシステムは、ラチェットによるペラトン自動巻き機構とともに、1950年にIWCキャリバー85でデビューした。両者とも、当時、IWCの技術部門の責任者だったアルバート・ペラトンによって設計されたものである。そのほか、このムーブメントはトリオビス緩急調整装置を備えているが、装飾は控えめである。ローターはこのモデルでは黒く塗られており、さまざまな模様彫りが施されているが、面取りしたエッジやポリッシュ仕上げの面はあまり見当たらない。
以前のインヂュニアのモデルと異なるのは、耐磁性があまり重視されていない点である。厚みを抑え、サファイアクリスタルのトランスパレントバックを装備するため、今回のモデルでは軟鉄製インナーケースが採用されていないのだ。だが、SLSではオーディオシステムのサイドスピーカーがやや高めに取り付けられているので、アームレストで腕を休めても、時計がスピーカーに近付きすぎて磁気を帯びてしまう危険性はない。