右の図は、時・分針が通常に動いている状態。“時を忘れる”ためにプッシュボタンを押すと、左の図のように、バー(青)が突き動くことにより、同軸の上下に2枚置かれたスネイルカム(濃いピンク)が回転して、歯車と時・分針の連動が解かれる。同時に、制御ホイール(赤いコラムホイール)が回り、そこに接しているレバー(灰色)が、先端部が櫛歯状になったレバー(緑)に働きかけ、すべての針は瞬時にジャンプして、時・分針は12時位置の扇形スペースに、日付針は4時から5時位置に格納される。リセットするためにもう一度プッシュボタンを押すと、再度スネイルカムが回転することにより時・分針がジャンプし、継続して動いていた歯車と連動を再開して、現在時刻の表示に戻る。
ベースムーブメントに搭載されるモジュールは設計がエレガントなだけでなく、美麗に仕立て上げられているのも特徴のひとつだ。櫛歯状レバーやスネイルカムはスケルトナイズされ、ブリッジや地板にはコート・ド・ジュネーブやペルラージュの装飾研磨が施されている。これほど手のかかった仕上がりなのに、ソリッドバック仕様のケースの裏蓋を外しても、モジュールはベースムーブメントに覆われてしまっているのは何とも釈然としないものがある。モジュールは文字盤側にあるので、麗しき構築美を拝することができるのは時計師だけなのだ。
刹那が特別な意味を持つ仏教思想においても、到達するところは〝内なる美〟がもたらす平穏だろう。それこそがタンシュスポンデュの真骨頂ではないだろうか。内包する美しさは時計を所有する者でさえ通常は見ることはできないが、目に見えないところにある美を持つことの根源的な意義をあらためて考えさせられる。