エルメスの紋章が浮き彫りされた裏蓋も優美。その下にはベーシックな自動巻きムーブメント、セリタSW300が密やかに息づく。
もっとも我々のテストでは、美を評価する傍ら、歩度検査機に掛けることも忘れてはいない。テスト期間中の平均日差は、わずか3秒の進みを見せたのみ。ところが、最大姿勢差は7秒と出た。データを総合すると、目をみはるほど抜きんでた精度水準とは言えないものの、中間クラスに収まっているといったところか。
さて、このモデルの価格は357万円(ステンレススティールモデルは155万4000円)。独自性がありつつも流行に左右されないデザイン、ケースからストラップに至るまでの非常に丁寧な仕上がり具合、そして、綺麗に装飾され、卓越した設計のモジュールが、ほかには見当たらない個性を確立している。そんな時計にとっては、この価格は突飛なものではないだろう。タンシュスポンデュが特異なのは、時間の具現化である時計という存在をもって、見る者に永続性ではなく〝刹那〟を意識させたということにもあるのだ。人間の持つ煩悩を、仏教的哲学観を通してフランス流に昇華させて表現したのは、やはりエルメスのエスプリならではだろう。