各機能を強調
このモデルは、トラディショナルなパイロットウォッチと正統派ナビゲーションツールとの緊密な結び付きから一歩引いたスタイルになってはいるが、同時に各機能が力強く語りかけるものになっている。基本の時・分表示、秒表示、積算計、テレメーター、そして、大型の日付表示のそれぞれが、個々にすっきりと主張している印象だ。このうちテレメーターは、現在地から遠隔地までの距離を測定するのに使用される。例えば、稲妻が走った時にすぐにクロノグラフを作動させ、雷鳴が聞こえた時に停止させると、クロノグラフ秒針が落雷地点までの距離を指し示してくれる。もっとも、この目盛りは文字盤の縁ぎりぎりに非常に小さく置かれていることもあり、機能としての重要性はごく低い。
それよりも、着けてみる前から興味をそそられるのは、特許取得のビッグデイトだ。通常は12時間積算計が置かれる6時位置に、日付の窓が据えられている。ふたつのディスクを接近させて設置することにより、狭いスペースを有効利用しているのだが、これは通常左側に置かれる10の位のディスクを右側に置いた設計に特徴がある。このディスクに四角い穴を設けて、下に重なる1の位のディスクの数字が見えるようになっているのだ(図版参照)。省スペースの巧妙な構造だが、2枚重ね式の従来の問題点は解消されてはいない。段差がつくために、角度によっては1の位に、はっきり影が差してしまうのだ。ちなみに、ゼニスの他のモデルの大型日付表示では、2枚のディスクを重ねず水平に並べた構造になっている。残念なのは、このパイロット ビッグデイト スペシャルの日付表示の数字が、窓の端にほとんど触れそうなほど四角いスペースいっぱいに描かれていて、黒い文字盤に吸い込まれているかのように見えてしまうことだ。加えて、今回のテストモデルでは1の位の数字の位置がまっすぐではなく、常に若干傾いていた。そして、時表示のフォントと日付表示のフォントが釣り合いよく見えないことも、愛好家にとってはマイナスポイントに映るかもしれない。
このモデルの最も重要な付加機能は言うまでもなくクロノグラフだ。搭載ムーブメントのベースであるエル・プリメロは、世界最初期の自動巻きクロノグラフとして、つとに知られた存在だが、このパイロット ビッグデイト スペシャルには12時間積算計が置かれていない。その代わり、このモデルには大型日付表示が搭載されている。3時位置に30分積算計があるのは変わらず、その視認性はパーフェクトだ。しかし、ストップウォッチ機能を使用する際の、秒の読み取りはこうはいかない。秒間の目盛りの幅が狭いため、さっと見て理解するのは厳しいだろう。もっとも、ハイビートの長老的ムーブメントのエル・プリメロが搭載された時計にとって、この微細な秒間の目盛りの表示こそが要だとも言える。テンプの振動は5Hz(10振動/秒)。現在、4Hz(8振動/秒)のムーブメントが主流だが、エル・プリメロは10分の1秒まで計測できる当代随一のクロノグラフムーブメントとして、量産され続けているのだ。
通常の時刻の読み取りについても、パーフェクトとまでは言えない。ルテニウムメッキが施された細身の針は、つや消しの黒文字盤の上で十分に浮き上がって見えるほどのメリハリが明らかに足りない。ところが、周囲が暗い場合は、がぜんくっきりとしてくる。サブダイアルは暗さに同化してしまうが、文字盤中心から伸びる3本の針とアワーインデックスの数字は、ひと晩中一定の明るさでグリーンに輝く。
すべての針の細やかなサテン仕上げ同様に、アワーインデックスのディテールにも注目したい。夜光塗料は高く盛り上がって置かれている。しかし、塗料は段差のあるサブダイアルの際ぎりぎりのところでぴたりと止まっていて、窪みには垂れ落ちていない。その境界の鮮やかさが文字盤の立体感をうまく表現している。さらに注視すると、ぱっと見には気付かないほど細かな溝が同心円状に幾重にも付けられたサブダイアルが、とりわけ丁寧な仕上がりであることも分かるだろう。