静寂への招き
ドレスウォッチの愛好家なら、今年の1月に発表されたマスター・メモボックスにひと目で魅せられてしまうだろう。非の打ち所がない仕上がりのピンクゴールドケースは、ダークブラウンのクロコダイルストラップと同様、シルバー文字盤とよく調和している。クロコダイルストラップを腕に留めるフラットでエレガントなダブルフォールディングバックルは、時計全体に漂うシンプルな気品を強調している。
文字盤の加工精度の高さは、申し分のないサンバースト仕上げ、ごく薄くプリントされたブランドロゴや文字、そして丁寧に面取りされたアワーマーカーにはっきりと見て取ることができる。ケースも素晴らしい出来栄えである。段のある複雑な形状のベゼルは、裏側から4本のネジで固定されており、ファセットが施されたラグを持つ胴はポリッシュ仕上げが完璧で、ケースバックの美しいエングレービングには深い感銘を受ける。だが、裏蓋中央に配された美しいモデルロゴの外側の彫金は、均等な間隔でエングレーブされていないため、ケースバックの外周部が3分の1ほどブランクになってしまっている。
古くて新しい駆動系
極めて堅牢なケースバックの内側では、マニュファクチュール・ジャガー・ルクルトが177年の歴史の中で開発してきた1000を超える機械式キャリバーのひとつであり、かつ現行モデルに搭載されている約40種のムーブメントのひとつが時を刻んでいる。自動巻きキャリバー956は2年前、アラーム機能を搭載したダイバーズウォッチ、メモボックス・トリビュート・トゥ・ポラリスのエンジンとして導入されたものだ。
キャリバー956の先祖は、60年前に誕生した手巻きキャリバー489である。1949年に開発が始まったこのキャリバーは、51年にスイス時計展(現バーゼルワールド)でデビューしたメモボックス1号機に搭載されていた。この時計で注目すべき点は、木製のサイドテーブルなど、堅いものの上に置いたほうが、腕に装着しているときよりも大きな音が鳴るという構造にあった。これは、ほかのアラーム機能付きの腕時計に比べて付加価値が高いとして、今日のモデルにも採用され、さらに開発が進められてきた特徴である。
2010年のマスター・メモボックスも、腕から外して平らに置いておけば、どんなに深い眠りに就いていたとしても起こしてくれるに違いない。日中は腕の上でミュートされるため、アラーム音はかなり小さい。したがって、オフィスでアポイントメントを思い出すのにアラーム機能を使用したい場合でも、隣席の同僚がアラーム音に驚いて受話器や筆記用具を落とす危険はないだろう。
また、アラーム特有の金属音や不快な金切り音は、ジャガー・ルクルトにとっては過去の話である。マスター・メモボックスが生み出すのは騒音ではなく、響きなのだ。マスター・メモボックスのアラーム音は古い電話の呼び出し音によく似ているが、呼び出し音のような間隔はなく、18秒間鳴り続ける。他ブランドの名高いアラーム機構と比べても、平均的な長さである。また、実際にアラームが鳴る時刻とアラームの設定時刻に1分から2分の差があるのも、この種のアラーム機構でよく見られる誤差である。