【87点】ゼニス/エル プリメロ ストライキング 10th クロノグラフ

2010.07.29

spec110127ome670_420b.jpg

ゼニスの自社製エル プリメロ・クロノグラフキャリバーほど、1/10秒の表示に相応しい機構はない。

1/10秒の視覚化

 ゼニスのエル プリメロ・キャリバーには、他のムーブメントにはない特徴がある。1時間に3万6000回振動するテンプによって、秒針が1/10秒刻みで進むことだ。1/10秒単位で正確に時間を測りたいのなら、このハイビート機ほど適したクロノグラフはないだろう。1/10秒という単位は、我々が日常生活の中でごく自然に慣れ親しんでいるものである。普通、1/5秒、1/6秒、あるいは1/8秒という単位で時間を計ることはない。では、ゼニスのようなマニュファクチュールにとって、最も自然な形でエル プリメロの強みを利用する方法は何だろうか。これについては、CEOも思案を巡らしていたようだ。「3万6000振動のテンプを搭載したムーブメントがすでに手元にあるのなら、相応しい形でこれを視覚化すべきだと考えたのです」。

 ティエリー・ナタフ氏の後を継いで2009年の中盤にゼニスの新CEOに就任したのは、ジャン=フレデリック・デュフール氏である。ナタフ氏は、01年夏にCEOに就任してから、ル・ロックルで埃をかぶっていたマニュファクチュールを、スタイリッシュなタイムピースを生み出すブランドへと成長させた。ユーザー側にも、ナタフ氏が打ち出す斬新なアイデアを楽しむ贅沢がまだ許されていた時期だった。こうして、ゼニスがメゾンの伝統を回顧するのではなく、新鮮でトレンディなブランドとして登場するあらゆる場面で、ナタフ氏は独自のコンセプトを存分に開花させた。だが、ドイツのような、ゼニスのかつての主要マーケットでは、ナタフ氏のスタイリッシュ路線はあまり受け入れられなかった。古くからのゼニスの顧客は、急進的な姿勢を追うことがあまり得意ではなかったのである。
 ナタフ時代が後の世からいかなる評価を受けようとも、氏がゼニスというブランドを呼び覚まし、活力を吹き込んだことは確かな事実。デュフール氏はゼニスのCEOに就任する前、フルリエにあるショパールのL.U.Cを製作する工房を統率し、その前はブランパンでジャン=クロード・ビバー氏の下で活躍していた。デュフール氏は、世界金融危機の影響に対処することこそ、当面の課題であることを自覚している。そのためもあってか、スタイリッシュ路線のテンポを緩め、本来得意としてきた、高度な技術を要するクラシカルな腕時計に注力している。ゼニスの顧客は今後、こうしたモデルを数多く目にすることになるだろう。もちろん、ナタフ流スタイリッシュ路線も多少は残され、ナタフ氏の奇抜な"デファイ"コレクションの一部は、デュフール体制になってもこれまでどおりラインナップされる。新CEOの下で、ナタフ時代の新機軸とブランドの伝統的価値をうまく両立させることができれば、ゼニスはドイツでも再び成功するに違いない。デュフール氏はさらに、価格のネジも緩めようとしており、ゼニスのメカニズムを将来、より手ごろな価格で手に入れることも夢ではなくなるかもしれない。

 2010年は、デュフール氏にとって実行力が形になって現れる年になる。バーゼルワールドで発表されたハイライトのひとつに、ゼニスが"エル プリメロ フドロワイヤント ストライキング 10 th クロノグラフ"と名付けたモデルがある。デュフール氏は、新作の背景となったアイデアについて、次のように説明してくれた。「1/10秒を読み取りやすく表示するため、センターに配されたエル プリメロ・キャリバーの秒積算針は、10秒で1周するように設計されています。これを実現するため、キャリバー4052Bには2002年にゼニスが取得した特許技術を採用しました。ですが、02年に特許を取得したキャリバーは、秒積算針が4秒で1周するものでした。ストップタイムを読み取るのが困難だったばかりでなく、プロトタイプは精度もまったく不十分で、これをベースとした商品化は考えられませんでした」。開発を進める段階で、ゼニスは6秒や12秒など、秒積算針の回転速度をさまざまに検証した。デュフール氏は言う。「例えば、6秒を選んでいたなら、秒積算針が1周目を終えると、文字盤外周にあるセコンドカウンターにプリントした"1"の目盛りが2周目では"7"秒を、3周目には"13"秒を表すことになってしまいます。回転速度を12秒に設定した場合は2周目以降、"1"の目盛りが"13"秒、"25"秒…を示すことになります。センターに配した秒積算針を1秒で1周させれば、まさに"フドロワイヤント"となりますが、技術的にはほぼ実現不可能でしょう。つまり、この選択肢を除けば、10秒というバリエーションしか残されていなかったのです。さらに、セコンドカウンターを10秒で分割すれば、1/10秒の視認性は6倍も向上しますし、カウントロジックにも適っています」。

 デュフール氏が"6倍"と主張するのは、いかなる理由によるのか。ゼニスがこれまで文字盤に採用してきた、秒インデックスの間を4本のインデックスでさらに細かく分割する手法では、目盛りひとつ分が2/10秒を表す。4本のインデックスの中間も考慮に入れれば、理論上は1/10秒を表示できることになるが、細かすぎて計測時間の読み取りはほとんど不可能である。この場合の運針は0・6度刻みだが、今回の新作クロノグラフで実現した表示法では、秒積算針が3・6度刻みで進んでいく。ゆえに、視認性が6倍向上するということになるのだ。