極薄ケースと思わせる設計技術の妙味
時計におけるエレガンスとは、まさに引き算の芸術である。これを理解するのは簡単だ。優美な品格を損なうことなく、日付表示を搭載することがデザイン上、可能であったかを想像すればよい。日付が実用的なことは周知の事実だが、日付窓ひとつあっただけでも文字盤の無垢な美しさに傷をつけかねないのである。
これを証明するのが、ジャガー・ルクルトのマスター・グランド・ウルトラスリムである。スモールセコンドを搭載したクラシカルな文字盤配分においては、美学的要素を多少でも犠牲にしなければ、日付表示を組み込むことはできない。ポインターデイトでさえ、美観を損ねてしまうだろう。
まずは顔立ちを見よう。ケース直径40のグランド・ウルトラスリムはその恩恵で文字盤も広い。しかし、ゴールドプレート仕上げで三面にファセットを施したクサビ形インデックスと、6時位置に配置された大型のスモールセコンドによって、間延びを感じさせないように注意深く配慮されている。また、ドーフィン型の時分針は、片側をヘアラインに、もう一方の面をポリッシュで仕上げることによってファセットを強調。文字盤より一段低くなったスモールセコンドサークルとともに、表情に立体感を与えている。
エレガントな時計の条件として、文字盤構成要素の少なさとともに重要なのが厚さだ。思えば、ジャガー・ルクルトは、超薄型時計を作ることにかけては長い伝統を持つメゾンである。例えば、創始者の孫であるジャック・ダヴィド・ジャガーが1907年に完成させたポケットウォッチ用キャリバー145は厚さがわずか1・38㎜しかなく、当時はもちろん、今日でも非常に薄い部類に入る。94年には腕時計用に、厚さが1・85㎜の手巻きキャリバー849が開発され、このムーブメントを搭載したマスター・ウルトラスリムはケース厚がわずか4・2㎜しかない。今回のテストモデルであるマスター・グランド・ウルトラスリムは、マスター・コントロールに搭載される自動巻きキャリバー899をベースに開発された、キャリバー896を積んでいる。日付表示機能を省略したとはいえ、センターセコンドをスモールセコンドに変えたことで、キャリバー899よりも厚みが0・68㎜増しており、厚さは3・98㎜となる。同社の歴史と比べるまでもなく、汎用キャリバーであるETA2892-A2よりも厚みのあるこのキャリバーは、もはや超薄型とは呼べないだろう。ケースの厚さも8・62㎜あり、機能を考えれば決して際立った薄さではない。しかし、このモデルはスペックの数値ほど厚みがあるようには感じない。なぜだろうか。
その秘密は、ケースの精巧な設計技術によるところが大きい。このモデルでは、ケースサイズに比べ、ムーブメントがとても小さなことを逆に利用して、ケースバックから胴に向かって傾斜を持たせているのである。横から見ると、スリムに絞られた側面しか見えないので非常に薄く見える仕組みなのだ。こうした努力によって、平均的なケースの厚みを持っているにもかかわらず、マスター・グランド・ウルトラスリムは極めて薄い印象を手に入れ、エレガンスをまとっているのである。
このようなケース造形の妙味は随所に見ることができる。長いラグは先端からキャラクターラインを入れることで、より細く、そして立体的になった。またリュウズは2段構造にすることで、スリット部分が主張しすぎて全体のバランスを崩すことを抑えている。