“良い時計の見分け方”をディープに解説。良質時計鑑定術<ダイアル編>

FEATURE本誌記事
2024.03.23

SNSや本誌を含む時計関連の媒体を見ると 常に新しく、魅力的なモデルが掲載されている。しかし、時計のニュースが増える一方で、なぜその時計が良いのか、という情報は相変わらず乏しい。では、何が理由で、その時計を良く感じたのか?今回は、本誌でも人気を集める「時計の見方ABC」をもう少し広げ、よりディープに時計を見られるトピックとともにお届けしたい。

奥山栄一:写真
Photographs by Eiichi Okuyama
野島翼、佐藤しんいち、広田雅将(本誌):取材・文
Text by Tsubasa Nojima, Shin-ichi Sato, Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年5月号掲載記事]


ダイアルから知る、“良い時計の見分け方”

 今やさまざまな色が見られるようになった文字盤。かつてはシルバーやブラック、ブルーなどに限られていたが、近年はブラウン、イエロー、グリーンといった色も当たり前となった。可能にしたのは、製法の進化。時計業界で広く使われてきたメッキとペイントがさらに向上しただけでなく、PVDやCVDといった、これまで文字盤には採用されなかった手法も増えつつある。繊細な下地を生かしつつ、鮮やかな発色を与える。それぞれの文字盤が物語るのは、各社の時計に対する哲学だ。


メッキ

 薄く色を載せられる電解メッキは、繊細な仕上げを施した文字盤に向いている。しかし発色が安定しにくく、黒や中間色も出しにくいため、かつては再現できる色がシルバーやブルーに限られた。対して近年は生産設備などの進化に伴い、発色が安定しただけでなく、ブラウンやパープルといった色も出せるようになった。

クロノメーター・スヴラン

スイスでも珍しい、メッキとペイント仕上げを得意とする工房がF.P.ジュルヌ傘下のカドラニエ・ジュネーブだ。写真のモデルは、なんとメッキ仕上げのブラウン文字盤を持つ。ペイントでは見られるが、発色の難しいメッキでは極めて稀だ。もっとも、歩留まりが悪いため、採用はごく一部のモデルに限られる。
クロノメーター・スヴラン

F.P.ジュルヌ「クロノメーター・スヴラン」
19世紀のマリンクロノメーターから着想を得たデザインは視認性に優れ、組み合わされる面積を広く取りながら先に向かって細る針形状が、瞬時の正確な時刻の読み取りを可能にしている。搭載されるのは18KRG製のCal.1304で、ダイアル側に歯車を配してテンプや脱進機の動きを際立たせた構成を備える。ケースバックからは、ムーブメントの傑出した仕上げが鑑賞できる。手巻き(Cal.1304)。22石。2万1600振動/時。Ptケース(直径40mm、厚さ8.6mm)。3気圧防水。679万3600円(税込み)。(問)F.P.ジュルヌ東京ブティック Tel.03-5468-0931

 20世紀に入ると、時計メーカーはコストのかかるエナメル文字盤に代えて、メッキを施した金属文字盤を使うようになった。割れにくく、薄く、そして大量生産に向くメッキ仕上げの文字盤は、普及品となった腕時計にはうってつけだったのである。しかし、安定した発色を与えられるのは、ほぼシルバーに限られた。往年の腕時計がメーカーを問わず、同じようなシルバーダイアルしか持てなかった理由だ。

クラシック 7137

繊細なギヨシェ文字盤が売りのブレゲ。そのニュアンスを損なわないよう、薄いメッキでブルーを施している。発色の鮮やかさはさすがだ。また文字盤を保護するためのクリアラッカーも他社の文字盤と異なり、極めて薄く吹かれている。一方で2時位置に見えるムーンディスクには発色の強いペイント仕上げが選ばれた。
クラシック 7137

ブレゲ「クラシック 7137」
ゆったりとした優雅なレイアウトは、1786年にブレゲが製作した自動巻き懐中時計、「ペルペチュエルNo.5」に範を取ったもの。パワーリザーブ表示には“ パニエ”、ポインターデイトには“ダミエ”、そしてダイアル全面には“クル・ド・パリ”と、異なる3種のギヨシェ装飾を使い分けている。自動巻き(Cal.502.3DR1)。37石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約45時間。18KWGケース(直径39mm、厚さ8.65mm)。3気圧防水。709万5000円(税込み)。(問)ブレゲブティック銀座 Tel.03-6254-7211

 ちなみに、オーデマ ピゲやF.P. ジュルヌなどは、早い時期からブルーやゴールドのメッキ文字盤を採用していた。しかし、その多くはロットごとに発色が異なっており、質が安定していたとは言いがたい。なお、パテック フィリップの「ゴールデン・エリプス」のブルー文字盤は1968年の発表当時はメッキではなく、18Kゴールドのベースにコバルトを照射したものであった。(コバルトは現在は使用されていない)。あえて凝った手法を選んだのは、1970年代でさえ、メッキでブルーを発色させることが極めて難しいためだった、と言われている。こういった状況は、2000年代を経ても変わらなかったのである。

アルパイン イーグル 36

ブレゲと同じ理由で、メッキ仕上げの文字盤を選んだのはショパールだ。本作はあえてツヤを落とした、粗い仕上げの文字盤でスポーティーさを演出する。下地を生かすために採用されたのが薄いブラックメッキだ。
アルパイン イーグル 36

ショパール「アルパイン イーグル 36」
初出が2019年ながら知名度と評価を急速に高めてきた「アルパイン イーグル」の36mmモデル。程良い存在感があり男性の着用にも適する。透明性のあるルートで調達された18Kエシカルローズゴールドの華やかさに、やや青みのあるベルニナグレーダイアルが組み合わされ、引き締まった印象を生み出している。自動巻き(Cal.Chopard 09.01-C)。27石。2万5200振動/ 時。パワーリザーブ約42時間。18Kエシカルローズゴールドケース(直径36mm、厚さ8.4mm)。100m防水。558万8000円(税込み)。(問)ショパール ジャパン プレス Tel.03-5524-8922

 対して近年はメッキ工場の環境を厳密に管理することで、作りにくい色が見られるようになった。今のメッキ文字盤を象徴するのが、F.P. ジュルヌのブラウン文字盤だ。またブレゲも立体的なギヨシェを引き立てるべく、鮮やかなメッキ仕上げを採用するようになった。

 仮にその時計の文字盤が繊細な仕上がりを持っているなら、メッキ仕上げと考えて良さそうだ。見るべきは、個体ごとにばらつきがないか、発色が鮮やかか、の2点だ。ここで挙げた4つは、その最良のサンプルである。

マスターコレクション 190周年モデル

古典的なシルバーメッキ文字盤を、今の技術で進化させたモデル。金属製のブランクにサテンブラストを施した後、微細加工機でインデックスを彫り、最後におそらくはロジウムメッキを施している。メッキの薄さは、インデックスの切削痕が見えることからも明らか。一見地味だが、非常に凝った文字盤だ。
マスターコレクション 190周年モデル

ロンジン「マスターコレクション 190周年モデル」
ロンジンの創立190周年を記念した特別モデル。その歴史を物語るかのように、懐中時計を含む同社の複数のアーカイブから抽出された要素を組み合わせた、クラシカルなデザインを特徴とする。12時位置のロゴは筆記体タイプを採用し、立体的なブレゲ数字インデックスは、CNCマシンによって彫り込まれている。自動巻き(Cal.L888)。21石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径40mm、厚さ9.35mm)。3気圧防水。34万2100円(税込み)。(問)ロンジン Tel.03-6254-7350

Column①メッキの技術向上が可能にしたサーモンダイアル

クロノグラフ 5172

 最近、一部のメーカーは、こぞって「サーモンダイアル」を採用するようになった。もっともこれは俗称で、パテック フィリップは「ローズゴールドめっきのオパーリン文字盤」、オーデマ ピゲは「ピンクゴールドカラー」と呼んでいる。多少の違いはあるが、基本的にサーモンダイアルと呼ばれるものは、ピンクまたはローズゴールドのメッキ仕上げ文字盤を指す、と言って間違いなさそうだ。

 少なくとも1930年代には、ヴァシュロン・コンスタンタンなどが、この豪奢なメッキ仕上げの文字盤を採用していた。イエローゴールドメッキの文字盤があったことを思えば、サーモンダイアルが存在していてもおかしくはないだろう。

 もっとも、この文字盤が認知を得たのは、“ジュビリー”こと92年発売のオーデマ ピゲ「ロイヤル オーク20周年モデル」以降と言ってよい。18KYG、プラチナ、またはSSケースにサーモンダイアルを合わせた本作は、1000本も生産された。このモデルが引き金となって、90年代に多くのサーモンダイアルが見られるようになったことは間違いない。

クロノグラフ 5172

パテック フィリップ「クロノグラフ 5172」
手巻きクロノグラフ5172のサーモンピンクカラーモデル。ローズゴールドメッキのオパーリンダイアルや針形状などから、ミリタリーテイストやヴィンテージの温かな印象を生み出しつつ、極めて上質なダイアルディティールとムーブメントの仕上げなど、風格も兼ね備える点はさすが。手巻き(Cal.CH 29-535 PS)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。18KWGケース(直径41mm、厚さ11.45mm)。3気圧防水。1256万円(税込み)。(問)パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター Tel.03-3255-8109

 もっとも、銅を混ぜて赤みを強調したサーモンダイアルは、色が安定しにくく、変色しやすいという問題があったらしい。文字盤を保護するクリアラッカーの質が悪かった90年代当時はなおさらだろう。しかし現在はサーモンダイアルといえども、ロットごとの差は見られないし、変色もまず起きなくなっている。

 約四半世紀ぶりにリバイバルを遂げたサーモンダイアル。可能にしたのは、文字盤製法の進化だったのである。


ペイント

 メッキと異なり、鮮やかな色を安定して出しやすいのがペイント仕上げだ。メッキ以上に大量生産向きだが、本当に良質なものは、メッキ以上の手間がかかる。また、どうしても塗膜が厚くなるため、厚みを見越した外装の時計にしか採用ができない。近年はメッキ同様、今までにない色が見られるようになった。

オクト フィニッシモ

2000年代に入って、生産体制の垂直統合化を図ったブルガリ。05年に傘下に収めたのが、文字盤メーカーのカドラン・デザインだった。同社はラッカーの重ね塗りでノウハウを蓄積し、今やかなり良質なペイント文字盤を作るようになった。写真のとおり、表面を研ぎ上げたラッカーは完全な平面を持つ。
オクト フィニッシモ

ブルガリ「オクト フィニッシモ」
さまざまなムーブメントを統一した極薄のデザインコードに落とし込む「オクト フィニッシモ」のSS製3針スモールセコンドモデル。厚さ6.4mmで建造物のような立体感を生み出すのは、複数の平面で構成されたケースとブレスレットが広く取られたダイアルを押し上げるような造形だ。ブレスレットとバックルも薄く仕立てられ、着用感も入念に調整されている。自動巻き(Cal.BVL138)。31石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径40mm、厚さ6.4mm)。100m防水。198万円(税込み)。(問)ブルガリ ジャパン Tel.03-6362-0100

 かつてのミリタリーウォッチが例外なくブラックダイアルだったのには訳がある。ひとつは視認性のため。そしてもうひとつは生産性のためだ。くり抜いたブランクに厚くペイントをかけるだけで、簡単に文字盤を作れたのである。さらに、その表面を磨くと、高級に見せることも難しくなかった。もっとも、表面を磨けるほどの厚みを塗膜に持たせるには、乾燥に時間を掛ける必要がある。ロレックスのラッカー文字盤を、他社が模倣できなかった理由だ。

クロノメーター・ブルー

「クロノメーター・ブルー」が採用するペイント文字盤は、現行品で最も手間がかかったもののひとつだ。鏡面に磨いた洋銀製のブランクに半透明のブルーラッカーを数回重ね、完全に乾燥させた後、鏡面に磨き上げている。ブランクを筋目で均していないため、面を完全に整える必要がある。高価格も納得だ。
クロノメーター・ブルー

F.P.ジュルヌ「クロノメーター・ブルー」
視認性に優れたクロムブルーダイアルにタンタル製ケースを組み合わせたモデル。タンタルはダークグレーの色味を持つレアメタルで、耐食性、耐摩耗性に優れる。同時に加工が困難となるが、それでも採用していることから、同社が長きにわたって実用することを想定しているのがよく分かる。手巻き(Cal.1304)。22石。2万1600振動/時。タンタルケース(直径39mm、厚さ8.6mm)。3気圧防水。630万800円(税込み)。(問)F.P.ジュルヌ東京ブティック Tel.03-5468-0931

 しかし近年は、グランドセイコーを筆頭にブルガリ、IWCなどもペイント仕上げを選ぶようになった。共通するのは半透明のラッカーを使うことで繊細な下地を見せ、一方で、厚く重ねたラッカーで深みも出すという欲張ったアプローチだ。この手法で成功を収めたのは間違いなくグランドセイコーである。プレスで立体感を強調した文字盤に、分厚いラッカーを流し込むことで、他社にはない個性を得るようになった。

 そこに続こうとしているのがブルガリだ。メッキ仕上げでは出しにくい深みのある色は、ペイントならではである。またここ数年に限って言うと、メッキでは出せない色をペイントで実現する例が増えてきた。下地を隠すほど濃い色であれば、価格帯を抑えたモデルにも使用できるため、今後採用例は増えるだろう。

オイスター パーペチュアル サブマリーナー デイト

厚塗りしたブラックラッカーを磨くことで、視認性と高級感を両立させたロレックス。かつては塗膜にクラックが入りやすかったが、樹脂系の塗料が普及することで、文字盤の耐久性は大きく上がった。エッジにダレもなく、面の歪みもまったくない。もっとも、厚い文字盤を採用できたのはケースに厚みがあればこそ。
オイスター パーペチュアル サブマリーナー デイト

ロレックス「オイスター パーペチュアル サブマリーナー デイト」
リニューアルにより、オールグリーンから2世代前と同様のブラック×グリーンの組み合わせに改められた。極めて高い完成度を誇るケースおよびブレスレットは、現在のロレックスの立ち位置をよく表す。搭載されるCal.3235は約70時間のロングパワーリザーブを得て実用性がさらに高められており、ツールウォッチとしての魅力も失っていない。自動巻き(Cal.3235)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SSケース(直径40.8mm、厚さ12mm)。300m防水。

 ではペイント文字盤は何を見るべきか。価格を問わず、表面の磨き跡が残っているものは良質とは言えない。また表面の歪みが大きいものも、やはり避けるべきだ。今でこそ少なくなったが、プラスティックのようなニュアンスを持つペイント文字盤も今風とは言えないだろう。

ナビタイマー B01 クロノグラフ 43

長らくメッキ仕上げの文字盤を採用してきたナビタイマー。しかし、2022年モデルよりペイント仕上げも併用する。これは薄い半透明のブルーを使った試み。下地を生かしつつ、鮮やかな発色を持つのが特徴だ。また、多くのペイント文字盤と異なり、表面に軽いツヤ消しの塗装を吹いている。
ナビタイマー B01 クロノグラフ 43

ブライトリング「ナビタイマー B01 クロノグラフ 43」
誕生70周年を機に刷新された、同社を代表するパイロットウォッチ。12時位置に国際オーナーパイロット協会(AOPA)のロゴを配し、ケースには一部サテン仕上げが取り入れられた。堅牢性と実用性に優れる自社製ムーブメントCal.B01を搭載する。自動巻き(Cal.B01)。47石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SSケース(直径43mm、厚さ13.69mm)。3気圧防水。118万8000円(税込み)。(問)ブライトリング・ジャパン Tel.0120-105-707
スーパーオーシャン オートマチック44

「スーパーオーシャン オートマチック44」には、ペイントならではの、鮮やかなターコイズブルー文字盤がある。あえて透過しないラッカーを選んだのは、ターコイズの発色を優先させたためか。ブライトリングだけあって、個体ごとのばらつきはまったくない。今後、こういう鮮やかな文字盤は増えるはずだ。
スーパーオーシャン オートマチック44

ブライトリング「スーパーオーシャン オートマチック44」
ダイアルには、1960年代に登場した初期モデルのデザインを取り入れている。ダイバーズウォッチとしては薄型のケースと短いラグが、取り回しやすさを実現。鮮やかなターコイズブルーダイアルが、現代的でファッショナブルな印象をもたらす。自動巻き(Cal.17)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約38時間。SSケース(直径44mm、厚さ12.62mm)。300m防水。68万2000円(税込み)。(問)ブライトリング・ジャパン Tel.0120-105-707

Column②ちょっと目を引く、ロンジンのアンティーク仕上げダイアル

ヘリテージ ミリタリー

 ファッションの世界では当たり前のダメージ加工。ケースにもしばしば見られるが、文字盤で採用する例はめったにない。仮にあっても、クリーム色の夜光塗料を用いて、レトロ感を強調した程度だ。

 対してロンジンの「ヘリテージ ミリタリー」は、手作業を加えることで、退色した文字盤をリアルに再現してみせた。一見すると1940年代のアンティークウォッチ。しかしこれは、21世紀に作られた新品なのである。

ヘリテージ ミリタリー

ロンジン「ヘリテージ ミリタリー」
1940年代に製造された、イギリス空軍向けミリタリーウォッチの復刻モデル。オリジナルを踏襲した控えめなロゴや大型のリュウズを備え、ダイアル上には経年変化を思わせる黒いドットが散らされている。このドットはすべて手作業によるものであり、ヴィンテージウォッチ同様に1本1本異なる表情を持つ。自動巻き(Cal.L888)。21石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径38.5mm、厚さ11.7mm)。3気圧防水。33万9900円(税込み)。(問)ロンジン Tel.03-6254-7350

 文字盤の「地」を荒らし、クリーム色のペイントを塗布した後、退色したようなドットを載せると文字盤の完成だ。安定した質を好むロンジンが、あえてイレギュラーなモデルを出したのは面白い。もっとも、ロンジンらしく、実用性は考慮されている。退色したアンティークの文字盤は、表面を保護できなくなった結果の日焼けだ。対して本作は、アンティーク風の仕上げを加えた後に、文字盤の表面にクリアラッカーを吹いて、それ以上の劣化を防いでいる。日焼けしたように見えるが、紫外線にさらしても退色しない。その微妙なさじ加減は、復刻版を作り慣れたロンジンならではだ。

 とはいえ、単にダメージ加工を施しただけで、高い完成度は得られない。注目すべきは、繊細なロゴと文字盤外周のレイルウェイトラックだ。40年代の文字盤に同じく、非常に線の細い印字が再現されているのが分かる。かつてこういった印字は再現不可能と言われていた。しかし、印字の版がさらに良くなった結果、手作業でしか施せなかった繊細な印字を、かなり忠実に施せるようになった。技術の進化がもたらした、究極のレトロだ。


メッキ+ペイント

 複数の仕上げを併用して、文字盤の表現を進化させる。今や当たり前となった手法だが、中でもメッキとペイントの併用は、使い方次第で驚くほどの結果を生む。2010年代以降、この手法を磨いてきたのがグランドセイコーだ。どちらかを優先するのではなく、ふたつを重ねて新しい文字盤を作るアプローチは唯一無二だ。

エボリューション9 コレクション SLGA021

メッキとペイント仕上げの併用で、独自の表現を打ち立てたグランドセイコー。これは諏訪湖の水面を「ミナモパターン」として表したものだ。文字盤がさまざまな表情を見せるのは、下地にプレスで繊細な模様を加え、そこにメッキを施し、厚い半透明のラッカーを重ねたため。紫外線でも劣化しにくいよう、グランドセイコーはかなり厚くラッカーを施す。それを逆手に取った手法だ。

 基本的に、ペイント文字盤のほぼすべてが、メッキを施したブランクの上にラッカーを施している。この製法をさらに進化させたのがグランドセイコーだ。そのほとんどは広義のペイント文字盤に含まれるが、プレスで下地の立体感を強調し、メッキとペイントの厚みを計算した上で、文字盤を仕立てる手腕は一線を画している。またスイスのメーカーが、光の当たり方によって文字盤色が変わるのを嫌うのに対して、色の変化を歓迎する点も違いと言える。ペイント文字盤の進化形としては、間違いなく最高峰のひとつだろう。

エボリューション9 コレクション SLGA021

グランドセイコー「エボリューション9 コレクション SLGA021」
ダイアルを飾るのは、諏訪湖のさざ波を表現した水面のパターン。セイコースタイルをベースに、審美性、視認性、装着性を進化させたエボリューション9スタイルを採用。独自のスプリングドライブムーブメントは、自然の時の流れを表現した、滑らかなスイープ運針を生み出す。自動巻きスプリングドライブ(Cal.9RA2)。38石。パワーリザーブ約120時間。SSケース(直径40mm、厚さ11.8mm)。10気圧防水。115万5000円(税込み)。(問)セイコーウオッチお客様相談室(グランドセイコー) Tel.0120-302-617


PVD

 薄いが発色が安定しくい電解メッキ。そのデメリットを解消したのが、物理蒸着を使ったPVD仕上げの文字盤だ。独自のノウハウが必要になるが、色が安定する上、生産性にも優れている。オメガはこの手法を多用することで、地味だった文字盤のバリエーションを、一気に増やすことに成功した。

デ・ヴィル プレステージ

驚くほどの文字盤バリエーションを誇る「デ・ヴィル プレステージ」。可能にしたのは、近年オメガが取り組むPVD仕上げだ。同じグリーンでも、わずかに色の違うダークブルーグリーンとパイングリーンがあるほか、ブラックもPVD仕上げとなった。電解メッキに同じく膜が薄いため、下地の処理が潰れにくい。文字盤が微妙なニュアンスを持てる理由だ。

 ここ数年のトレンドで注目すべきは、メッキ文字盤の進化形である、PVD仕上げだ。物理蒸着法と言われるこの仕上げは、電解メッキよりも発色が安定する上、難しい色も出しやすい。文字盤の新しい表現を探すメーカーにとっては、うってつけなのである。

 先駆けはロレックスであり、現在は「オイスター パーペチュアル デイデイト」のアイスブルー文字盤も、PVD仕上げだ。しかしPVDを使った文字盤への取り組みで他社の先を行くのは、今やスウォッチ グループのオメガである。最近は発色が良くなった上、厚くラッカーを重ねて、分かりやすい高級感を添えたPVD文字盤も見られるようになった。加えて優れた発色を得にくいレッドなどには、CVDという新しい手法を併用する。

デ・ヴィル プレステージ

オメガ「デ・ヴィル プレステージ」
緩やかにカーブしたボンベダイアルが柔らかな印象を与えつつ、ケースの薄型化を実現している。ドレッシーなデザインを崩さぬよう、6時位置に配されたデイト表示が、実用性を確保している点も見逃せない。最新の自社製ムーブメントを搭載し、待望のマスタークロノメーター化を果たしている。自動巻き(Cal.8800)。35石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約55時間。SSケース(直径40mm、厚さ9.93mm)。3気圧防水。66万円(税込み)。(問)オメガお客様センター Tel.03-5952-4400

 ちなみに物理蒸着法仕上げの文字盤は、今やオーデマ ピゲやパテック フィリップなども採用するようになった。今後、下地を隠さず、しかもかつてない色を出しやすいPVD仕上げは、時計の見栄えを、いっそう変えていくかもしれない。


ギヨシェ

 高級時計の文字盤に欠かせないのが、ツールで細かいパターンを彫り込んだギヨシェ仕上げだ。かつては文字盤の光りを抑えて視認性を高める手法だったが、個性を演出するために、今やさまざまなメーカーが採用するようになった。近年目立つのは、より複雑な模様と19世紀から20世紀初頭に見られた、ギヨシェ彩色のリバイバルだ。

クラシック クロノメトリー 7725

アブラアン-ルイ・ブレゲは、それぞれの表示に違ったギヨシェ模様を施すことで、機能の違いを視覚上でも区別した。ギヨシェだからこそできた試みだ。現行品のブレゲも、その伝統を受け継いでいる。文字盤はシルバーメッキを施した18Kゴールド製。繊細な仕上がりの理由は、保護用のクリアラッカーをごく浅く施したため。
クラシック クロノメトリー 7725

ブレゲ「クラシック クロノメトリー 7725」
毎時7万2000振動を誇る、超高振動脱進機を搭載。12時位置に配された10分の1秒計を通して、その鼓動を感じることができる。天真を磁石で支える機構、“マグネティック・ピボット”を採用し、外乱への耐性を飛躍的に高めている。古典的な意匠に現代技術を組み合わせた、挑戦的なモデルだ。手巻き(Cal.574DR)。45石。7万2000振動/時。パワーリザーブ約60時間。18KWGケース(直径41mm、厚さ9.65mm)。3気圧防水。614万9000円(税込み)。(問)ブレゲ ブティック銀座 Tel.03-6254-7211

 ギヨシェを使うと「文字盤の光り方が抑えられて視認性が上がる」と語ったのはブレゲCEOのリオネル・ア・マルカだ。時計の実用性を重視したアブラアン-ルイ・ブレゲが、一貫してギヨシェを好んだのは納得だ。これがまた、オーデマ ピゲがギヨシェ文字盤(同社が言うタペストリーパターン)を「ロイヤルオーク」に採用した一因だろう。ジェラルド・ジェンタが単なる懐古趣味で18世紀の技法を選ぶとは思えない。

 もっとも、機械式時計が復興して以降、ギヨシェは職人技を象徴する要素と見なされるようになった。結果、各社は凝ったパターンを盛り込むようになり、19世紀に見られた、ギヨシェ+エナメルという組み合わせも当たり前になった。

デイト ターコイズ

ヴティライネン傘下のコンブレマイン社は、ギヨシェ文字盤の製造で高名だ。本作はギヨシェの上に薄いターコイズのコーティングを施したもの。詳細は明らかでないが、少なくともペイントやメッキではないだろう。素材はスターリングシルバー。ギヨシェの光り方が強いのは、ダイヤモンドカッターで研磨するためだ。
デイト ターコイズ

モリッツ・グロスマン「デイト ターコイズ」
鮮やかなターコイズカラーに繊細なギヨシェ模様が彫られたダイアルは、カリ・ヴティライネンのダイアル工房であるコンブレマイン社の協力によって製作されており、その出来栄えは折り紙付き。デイトコレクションとしては初めてポリッシュ仕上げのSS製ケースが採用されており、実用性を重んじた仕様となっている。手巻き(Cal.100.3)。26石。1万8000振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径41mm、厚さ11.85mm)。3気圧防水。737万円(税込み)。(問)モリッツ・グロスマン ブティック Tel.03-5615-8185。Photographs by Takeshi Hoshi(estrellas)

 腕時計に使うギヨシェで、完成度が高いのはやはりブレゲだ。洗浄で表面のバリを落としているがエッジは立っており、劣化防止のため表面に吹くクリアラッカーもかなり薄い。そのニュアンスはトリートメントが施されていない、かつてのギヨシェに近い。こういった前提があればこそ、近年同社は、より細かいギヨシェを採用するようになった。なお、オーデマ ピゲのタペストリー模様も、基本は今なおギヨシェ仕上げである。かつてはペイントで彩色していたが、現在は下地を潰さないよう、薄いメッキやPVDで表面を覆うようになった。

 面白いのはギヨシェに彩色を施した文字盤だ。モリッツ・グロスマンは、ターコイズブルーをコーティングした文字盤を採用している。ラッカーやエナメルを充填するのが定石だが、同社は繊細なニュアンスを残すべく、あえて違う手法を選んだ。


プレス

 かつては安価に模様を付ける手法と見なされていたプレスだが、精密に金型を作れるようになって以降、いわゆる高級時計への採用も増えてきた。最も分かりやすい例はグランドセイコーだ。加えていくつかのメーカーは、ギヨシェでは出せない深い模様をプレスで与えるようになった。今、最も可能性のある手法である。

 一貫してプレスで文字盤に模様を施してきたのが、F.P. ジュルヌである。「よく出来たプレスは、ギヨシェに遜色ない」と関係者が語るように、仕上がりは彫り込んだギヨシェにかなり近い。またフランク ミュラーも、プレスによるギヨシェ風の仕上げを好んできた。表面に分厚くラッカーを施すことを考えれば、ギヨシェほど角の立たないプレスはうってつけだ。

 プレスにしかできない表現を追求したのが、〝白樺〞が象徴する近年のグランドセイコーと、オーデマ ピゲだ。2023年に発表された「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ」のステンレススティールモデルは、精密な金型によるユニークな文字盤を持つもの。深くて極端に立体的な模様は、プレスの強みを最大限に生かしたものだ。成型にはかなりの回数が必要なはずだが、角のダレも面の歪みも見られない。

CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ クロノグラフ

深く精密に模様を施せる、というプレスの利点を生かしたモデル。ユニークな同心円パターンは、角が立っているだけでなく、かなり深い。繊細な下地を生かすため、彩色も薄い電解メッキだ。プレスにしかできない表現方法を持つ文字盤。レーザーでも似た仕上げは施せるが、下地の精密さを考えれば、プレスに軍配が上がるか。
CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ クロノグラフ

オーデマ ピゲ「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ クロノグラフ」
CODE 11.59初のSS製モデル。本作と同時に3針モデルもラインナップされた。ケース素材を置き換えただけでなく、凹凸を持って広がる新たな同心円パターンのダイアルに、バーインデックス、1/4秒単位の目盛りが組み合わされた。自動巻き(Cal.4401)。40石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SSケース(直径41mm、厚さ12.6mm)。3気圧防水。434万5000円(税込み)。(問)オーデマ ピゲ ジャパン Tel.03-6830-0000

 ティソの「シュマン・デ・トゥレル オートマティック」も、プレスならではの文字盤を持つ。クラシカルな印象を強めるため、本作は文字盤を湾曲させ、そこにクル・ド・パリ装飾を加えている。ギヨシェを採用しない最大の理由は、もちろんコストが安く済むから。しかし、ギヨシェで曲面に模様を施す難しさを考えれば、プレスの採用は妥当だろう。コストを考慮しつつも、プレスにしかできない仕上げに落とし込んだのが、ティソのうまさだ。

ティソ シュマン・デ・トゥレル オートマティック

量産向けの製法を用いつつも、それでしか実現できないディテールを盛り込んだのが本作だ。外周の曲面にはプレスにより、大ぶりなクル・ド・パリ模様が施された。またプレスで打ち抜かれているにもかかわらず、6時位置の日付窓も角がきちんと立っている。プレス技術の進化を象徴するモデル。ディテールは非常に良い。
ティソ シュマン・デ・トゥレル オートマティック

ティソ「ティソ シュマン・デ・トゥレル オートマティック」
控えめな価格帯ながら、卓越した完成度を見せるティソ。サンレイ仕上げとクル・ド・パリ装飾を組み合わせたダイアルは、緩やかに湾曲したドーム型だ。ニヴァクロン製ヒゲゼンマイを採用したムーブメントは、優れた耐磁性と温度変化への耐性、ロングパワーリザーブを誇る。自動巻き(Cal.パワーマティック80)。23石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約80時間。SSケース(直径39mm、厚さ11.2mm)。5気圧防水。12万7600円(税込み)。(問)ティソ Tel.03-6254-5321

 正直、時計好きからはあまり歓迎されてこなかったプレスによる文字盤の仕上げ。しかし、今年のオーデマ ピゲのように、新しい表現とともに普及していく可能性はかなり高そうだ。


電気鋳造

 電気メッキの技術を応用したのが、電気鋳造による文字盤だ。メッキを重ねるように立体的な模様を施すため、繊細なパターンを与えることが可能。かつては厚みをもたせるのは難しかったが、シチズンはその課題をクリアした。さらに厚みを増すことができれば、プレスに代わる新しい文字盤表現が可能になるかもしれない。

ザ・シチズン キャリバー0200 メカニカルモデル

カンパノラコレクションで電鋳文字盤を採用していたシチズン。本作では、その特徴である細かさを一層強調した。文字盤の表情はプレスに酷似しているが、細かく荒らした「地」は、プレスでは再現しにくいものだ。しかし、模様を細かくしすぎないことで、強い光源下でも文字盤は白濁しにくい。実用性にも配慮した仕上げだ。

 シチズンが得意とする電気鋳造(以下電鋳)は、母型に忠実な形状を作製する技術である。型を完全に転写できるため、理論上はプレスよりも精密な模様を施せる。一見地味だが、「ザ・シチズン キャリバー0200」が採用する砂地模様の文字盤は、電鋳でしか表現できない精密さを持つ。もっとも、シール転写によるインデックスやロゴは、メーカーを問わず、ほぼすべてが電鋳製。実は時計業界で広く使われているものなのだ。

ザ・シチズン キャリバー0200 メカニカルモデル

シチズン「ザ・シチズン キャリバー0200 メカニカルモデル」
ラ・ジュー・ペレ社との協業によって誕生した、ザ・シチズンのフラッグシップ。シチズンが得意とする電鋳手法を用いたダイアルが、シャープな針とインデックスを際立たせている。平滑な面と、切り立った稜線を兼ね備えたケースもポイントだ。自動巻き(Cal.0200)。26石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径40mm、厚さ10.9mm)。5気圧防水。特定店限定モデル。60万5000円(税込み)。(問)シチズンお客様時計相談室 Tel.0120-78-4807


筋目

 文字盤のブランクにブラシやヤスリを当てて、強い筋目模様を施す。これが筋目やサテン仕上げと言われるものだ。基本的にはケースと同じように仕上げていくが、上からペイントを施すのか、ラッカーを施すのかなどで、仕上げの強さは全く異なってくる。現在ポピュラーなのは生産性に優れ、目を引きやすいサンレイ仕上げだ。

年次カレンダー ムーンフェイズ 4947/1A

今時珍しい、上下左右方向に筋目を施した文字盤を持つモデル。同社はこれを「山東絹仕上げ」と称している。単なる筋目仕上げではなく、あえて深さや幅などにばらつきを持たせたのも面白い。厳密に位置決めができるだけでなく、イレギュラーな仕上がりも製品にできるという自信があればこそだ。文字盤のブルーもごく薄い。

 時計業界で今なおポピュラーなのが、筋目仕上げである。しかし、かつて見られた、縦方向や横方向の筋目はほぼ見られなくなり、代わりに放射状のサンレイ仕上げが主流になった。現在、ストレート状の筋目を得意とするのは、おそらくパテック フィリップのみだ。

 文字盤の中心から筋目が出ているサンレイ仕上げは、基本的に機械で加工を行う。そのため厚さの調整がしやすい。また、文字盤の中心から筋目が出ているため、天地のズレは関係ない。

年次カレンダー ムーンフェイズ 4947/1A

パテック フィリップ「年次カレンダー ムーンフェイズ 4947/1A」
ラウンド型カラトラバ・タイプの年次カレンダーモデル初のSS製モデルで、全面がポリッシュされた5列リンクのブレスレットを持つ。ダイアルは、山東絹仕上げの筋目模様が施されたミッドナイトブルーに仕上げられている。自動巻き(Cal.324 S QA LU)。34石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約45時間。SSケース(直径38mm、厚さ11mm)。3気圧防水。782万円(税込み)。(問)パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター Tel.03-3255-8109

 対して、縦方向や横方向の筋目は、基本的に手作業で施すものだ。何度も筋目を付けると厚さが変わってしまうし、正確な位置を決めるのも難しい。筋目の位置がずれないよう、文字盤を固定する脚やインデックスを固定するのは、思った以上に手間がかかる。地味な割に手間のかかる縦筋目や横筋目が流行らなくなったのは当然だろう。と考えれば、上下左右方向に筋目を施したパテック フィリップ「年次カレンダー ムーンフェイズ 4947/1A」の文字盤は、同社の自信の表れに違いない。位置決めの難しさを考えれば、当たり前に見えて、かなり非凡な文字盤である。


エナメル

 多くの時計愛好家が好むのが、ガラス質の釉薬を焼き付けたエナメル文字盤だ。製法は昔に全く同じであり、作業の質がそのまま製品に反映される。2000年代頃には質に難のあるものもあったが、近年は競争が激しくなった結果、明らかに質は改善された。見るべきポイントは、平滑さと気泡の少なさ、研ぎ跡が目立たないことだ。

クラシック 7147

エナメル文字盤でも独自の表現を追求するのがブレゲだ。本作も、あえてスモールセコンドが別部品のサンクダイアルではなく、1枚成形である。その結果、ケースはエナメル文字盤らしからぬ薄さを手にした。エナメルの釉薬は、100年前の日本製。柔らかいニュアンスを追求した結果、過去のものに至った。
クラシック 7147

ブレゲ「クラシック 7147」
グランフー エナメルダイアルに、ブレゲ数字インデックスとブレゲ針を組み合わせた、同社らしい古典的なスタイルが魅力。スモールセコンドのわずかな窪みが、シンプルなデザインに艶めかしさを与えている。繊細なラグはケースにロウ付けされ、ケースサイドにはシャープなコインエッジが刻まれる。自動巻き(Cal.502.3SD)。35石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約45時間。18KRGケース(直径40mm)。3気圧防水。319万円(税込み)。(問)ブレゲ ブティック銀座 Tel.03-6254-7211

 時計ブームとともに広く普及したのがエナメル文字盤だ。湿気に強く、紫外線で退色しないこの文字盤は、そもそも実用的なものだった。事実、アブラアン-ルイ・ブレゲは、(相対的に)安価で実用的な「スースクリプション」に、エナメル文字盤を多用した。アメリカ製の鉄道時計も同様である。クリアラッカーで文字盤を保護することが不可能だった19世紀から20世紀前半にかけては、エナメル文字盤こそが、実用的な文字盤だったのである。

 しかし、ガラス質の釉薬がもたらすツヤは、エナメル文字盤を高級時計に不可欠なディテールとした。金属製土台にガラス質の釉薬を載せて焼く、という製法は昔に同じ。しかし、釉薬の質が変わったため、昔とは仕上がりが多少異なると語る製作者もいる。何をもって良いエナメルとするかは、人によってさまざまだ。完全に歪みがない面を好むローマン・ゴティエのような時計師もいれば、表面にわずかな揺らぎが残ることを重視する、ブレゲのようなメーカーもある。ただ一般的には、気泡やクレーターの少ないもの、また研ぎ跡が目立たないものは良いエナメルと言える。2000年代にはこういったエナメル文字盤はあまり見なかったが、近年はどれも良質だ。

アートピースコレクション GBAQ961

時計関係者から高い評価を受けるのが、クレドールのエナメル文字盤だ。これは名古屋の安藤七宝店が製作したもの。目視で気泡を確認できないのは、釉薬の粉をふるいに掛けるだけでなく、水などを混ぜた釉薬を土台に載せた後に、真鍮のへらで押し、完全に空気を抜くため。また釉薬を薄く載せることで、気泡を入りにくくしている。
アートピースコレクション GBAQ961

クレドール「アートピースコレクション GBAQ961」
尾張七宝の老舗、安藤七宝店が手掛けた七宝ダイアルを採用する。ブルーのグラデーションは半透明のエナメルを通し、ベースに施された模様を見せる、バスタイユ技法によるもの。厚さ1.98mmの極薄ムーブメントを搭載。伝統工芸と時計製造技術が融合したタイムレスな魅力を持つ。手巻き(Cal.6870)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約37時間。18KWGケース(直径36.6mm、厚さ7.1mm)。3気圧防水。236万5000円(税込み)。(問)クレドール専用ダイヤル Tel.0120-302-617

 模様の上にエナメルを施してあるものは、気泡をチェックすること。少ないほど望ましいのは言うまでもない。

 ちなみにここでは掲載しなかったが、土台に金属ではなくセラミックスを使うことで、ボンベ文字盤にエナメルを施した例もある。オメガの「デ・ヴィル」は、現代にしかできないユニークなエナメル表現を持つものだ。


セラミックス

 硬くて退色しないセラミックスは、文字盤にはうってつけの素材だ。しかし、繊細な模様を施せないため、採用するメーカーはごく限られる。強い波模様をレーザーで施したのがオメガだ。大規模な設備を持つ同社は、カケを生じやすい切削ではなく、時間はかかるが文字盤を破損しないレーザーを使用している。

シーマスター ダイバー 300M ブラックセラミック&チタン

一見研ぎ上げたペイントに見えるが、文字盤はブラックセラミックス製。紫外線で絶対に退色しないため、スポーツウォッチにはうってつけだ。またオメガは、セラミック文字盤が割れにくいよう、ケーシングにも工夫を凝らしている。この技術を転用して、オメガは現在、カラーストーンの文字盤を製造するようになった。

 少数派だが、注目すべき文字盤はセラミックス製と蒔絵製である。前者はオメガが「シーマスター 300M」で使うようになったもの。素材自体に色を施せるため、メッキやペイントのようなプロセスを必要としない。また、紫外線で劣化しないため、表面に保護用のラッカーを塗る必要もない。耐久性に優れ、しかも厚みを完全にコントロールできるセラミック文字盤は、実用時計にはうってつけだろう。

 とはいえ、セラミック文字盤にも弱点はある。それは繊細な下地やパターンを施しにくいこと。セラミック文字盤は、焼結時に約25%から30%縮小するため、こういった仕上げは完成後、切削で施すしかない。ただ手間がかかりすぎるので現実的ではない。対してオメガは、シーマスター 300Mの文字盤に、レーザーで強い波模様のパターンを施した。とはいえ、レーザーで彫るだけでも2時間を要するとのこと。トータルの手間を考えればセラミック文字盤のほうが製作時間は短いが、スウォッチ グループほどの大規模な設備を持てるメーカーは他にないのである。他社が追随できない理由だ。

シーマスター ダイバー 300M ブラックセラミック&チタン

オメガ「シーマスター ダイバー 300M ブラックセラミック&チタン」
外装にブラックセラミックを多用したモデル。硬度が高く加工が難しいセラミックスに対し、ミドルケースではポリッシュとサテンを織り交ぜた複雑な仕上げを与え、ダイアルには波模様のレーザーエングレービングを施している。リュウズやケースバックには、チタンを採用する。自動巻き(Cal.8806)。35石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約55時間。ブラックセラミックケース(直径43.5mm、厚さ14.3mm)。300m防水。118万8000円(税込み)。(問)オメガお客様センター Tel.03-5952-4400


蒔絵

 一時期ほど注目を集めなくなったが、漆の上に貴金属の粉を散らした蒔絵文字盤は、今なおメティエダールの1ジャンルだ。ただし、頻繁に紫外線に当たる漆や蒔絵文字盤は、劣化する場合がある。仕上げの良し悪し以前に、信頼できるメーカーや文字盤を作り慣れた作家のものを選ぶこと。対策をしてある場合が多いからだ。

アートピースコレクション GBAQ956

一貫して蒔絵文字盤を採用し続けるのがセイコーだ。田村一舟氏が製作する文字盤は、クレストマークとアラビアインデックスが高蒔絵ならではの盛り上がりを見せる。こういう仕上げは、プリントではまず実現できないものだ。加えて蒔絵文字盤は、セイコーの厳格な品質検査をもクリアする。時計として使える文字盤だ。

 漆を使った蒔絵文字盤は、相変わらず人気アイテムのひとつだ。湿気や化学薬品にも強い蒔絵は、実のところ、かなり時計向きだ。しかし、紫外線に当て続けると、肉痩せするという弱点がある。仮に選ぶならば、蒔絵文字盤を作り慣れたメーカーから選ぶこと。こういったメーカーは十分なテストと対策を行っており、時計として使えるものにしている。と言いながらも、蒔絵を含む漆文字盤はあくまで工芸品。あまり紫外線に当てない方がいいだろう。(広田雅将:本誌)

アートピースコレクション GBAQ956

クレドール「アートピースコレクション GBAQ956」
加賀蒔絵の達人、田村一舟氏による漆ダイアルが特徴。12時のクレストマークとアラビア数字インデックスには、漆で描いた絵柄の上に金粉を蒔き立体的に仕上げる、高蒔絵という技法を採用。ダイアル上の金粉がもたらす静謐なきらめきは、奥ゆかしい日本の美意識を表している。手巻き(Cal.6870)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約37時間。18KYGケース(直径34.1mm、厚さ5.6mm)。3気圧防水。世界限定25本。286万円(税込み)。(問)クレドール専用ダイヤル Tel.0120-302-617


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